(348)食料をめぐる「帯と襷(たすき)」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2023年9月8日
「帯に短し襷に長し」。ことわざの真意は「中途半端」「どっちつかず」です。少し飛躍しますが、自由と管理・統制も同様かもしれません。ただ、どちらも偏り過ぎると様々な問題が出てきます。
昨今、食料安全保障をめぐる議論が盛んだ。公開資料を見ると、検討の射程は過去・将来ともに20年程度である。時間的制約もあるだろうがやや短い気がする。そこでわが国がほぼ100年前に食料安全保障について何を実施したかを俯瞰してみたい(注1)。
時代は明治から大正にかわった頃、1914年、第一次世界大戦の年である。前年、当時の朝鮮米にかかる移入税廃止が契機となり、巷には朝鮮半島からのコメが増加し米価低迷が続いた。この年、河合良成という官僚が「米価調節私論」を書いている。翌1915年には米価調節調査会が作られる。だが、わずか3年後の1918年はコメ騒動の年だ。経済が上向き、物価が上昇しコメの買い占め・売り惜しみが拡大した結果である。
コメ騒動の翌年、1919年には開墾助成法ができる。土地改良への本格的投資である。1921年、米穀法が制定される。当時の世相は大正デモクラシー、そしてコメ騒動を経て、何とかコメを安定的に供給するための仕組みを作りたい...、あるいはコメの価格と流通を管理したいという関係者の意図が米穀法という形で一応は確立した。その後、1923年9月1日に関東大震災、世の中の雰囲気は一変したであろうことが想像できる。ある研究者仲間は長い目で見た関東大震災と東日本大震災の社会への影響の類似性を指摘している。
だが、この段階ではまだ様子見であり、その後1932年までの間に米穀法は3回改正(1925、1931、1932の各年)される。この時期はまさに世界恐慌の時期とも重なることに注意が必要だ。ちなみに1931~33年は満州事変の年でもある。
1933年3月、米価統制法が成立、1週間後に米穀法は廃止された。これで積極的統制の方向が確立する。その後、1936年には米穀自治管理法、1939年には米穀配給統制法、そして1940年には米穀管理規則ができる。なお、国家総動員法の成立は1938年である。
1941年になると世間はかなりきな臭くなる。4月、6大都市で米穀配給制度が始まり、配給通帳が生活の中に入り始めた。法的根拠を調べたがどうも当初は「国の方針とそれに基づく行政の指導」(注2)として実施されたようだ。同年12月8日は真珠湾攻撃である。
開戦からほぼ2か月後の1942年2月12日、第79回帝国議会に食糧管理法案が提出され可決される。さらに9日後の2月21日、食糧管理法成立の後処理として従来の米穀統制法、米穀自治管理法、米穀配給統制法が廃止、6月には米穀管理規則も廃止され、ほぼすべてが食糧管理法のもとに統合されていく。
若い方には馴染みがないかもしれないが、配給通帳(正式には米穀購入通帳)は戦後も長く生き抜いた。1981年、米国ではレーガンが大統領に就任、国内では五六豪雪と「なめ猫」ブームの中、スタートから40年を経てようやく廃止された。食糧管理法はさらに長生きし、半世紀以上にわたる何度もの改正を経てようやく1994年に廃止されている。
ここで記した各々の年に世の中で何があったかを調べると、どのような流れを受けて何が成立・廃止されたか...が何となくわかると思う。不測の事態に備えることはもちろん重要だが、必要以上に統制を強化することは不要であろう。現代社会に配給通帳などありえないと思う人でも、本質は携帯アプリのウォレットである。そこまで行けば、後は同じと早く気が付くことだ。
貴重な食料を管理・統制して配給するという考えはわからないでもない。そこで本当に公平性が保たれれば良いが、世界の歴史はこれがいかに困難かを物語っていることも理解しておくべきであろう。
* *
本当に必要なことは、国内での食料生産に生産者が意欲を持て、生活が成り立つような仕組みを構築することです。今後半世紀、日本はどちらの道を選ぶのでしょうか。
(注1)この分野には多くの研究がある。ご関心ある方は、例えば、川東籾弘『戦前日本の米価政策史研究』(1990)など。
(注2) 山口由等「都市における食糧流通機構の再編―戦時下の米穀商企業合同における諸問題」『農業史研究』、第39号、2005、35頁
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