農業に危機感を抱く国民へのアプローチ【小松泰信・地方の眼力】2023年11月29日
11月26日21時放送の「NHKスペシャル シリーズ 食の“防衛線”」は、日本人に供給されるカロリーの2割を占め、ほぼ100%自給できている米の生産基盤が大きく揺れていることを伝え、食料安全保障について考えさせる内容であった。

注目すべきスイスの農業政策
注目したのは、「国民全体で自分たちが必要とする食料を守る制度を整えた国」と紹介されたスイスの取り組み。国土の7割が山岳地帯の国だが、食料自給率は日本を11ポイント上回る49%(2022年公表)。
小麦やトウモロコシを栽培する農業経営者は、総収入約1680万円の内、約3分の1に当たる約620万円が補助金で、「農家は(国からの)支援のおかげで設備投資ができるのです」と語っている。
条件不利地でも農業を継続できるよう支えるための予算は、約3500億円(約28億スイスフラン)。農家が安定して食料を生産するための制度は、国民自らが選択したとのこと。第二次大戦後、小麦農家を保護するために多額の補助を行った結果、小麦が生産過剰となった。その後、貿易の自由化により市場原理を導入したところ、農家の収入は減少。農家の離農により、食料安全保障をどう確保するかが課題となる。農業のあり方をめぐる議論が巻き起こる中、1996年に国民投票が実施される。国民が選んだのは、食料の安定供給に必要な範囲で〝農業を守る〟こと。それは、「国は国民に対して食料の供給を保障する」「農業は市場に沿った形で持続可能な生産を行う」と憲法に明文化された。作物の価格は市場に委ねながらも農家の最低収入を確保することを、国民全体で食料安全保障の守るべきラインとして定めたわけである。
農業は戦略的価値の高い職業
場面は変わって、スイス国内のスーパーの野菜売り場。「農家にこれだけのお金が回ると(税金として)非常に高くつくのでは?」とインタビュアーに問われた買い物客の女性は、「そうですね。でも、農家も生きなければならないのです。このお金は国に支払っているのではなく、私たち自身のために支払っているお金なのです」と答えている。
もちろん、ただ農業を営めば補助金が出されるわけではない。そこには「審査員」の厳格な審査がある。例えば、生産規模や農法、さらには土壌に悪影響のある肥料や除草剤の使用の有無等々。「ルールを守らなければお金を払わない。これは義務だからね」と審査員。さらに、国民がいつでも確認できるよう、農家の情報は随時公開されているとのこと。
スイス連邦農業局長は、「自分の国の食料安全保障が守られていることを国民は望んでいるのです。厳しい基準を持つことが重要なのです。そうすれば、国民は一定のコストを支払う覚悟が持てるのです」とコメント。
充実した制度の結果、若い人材が次々と育っている。放送された農業の専門学校(授業料無料)の生徒数はこの30年で3倍近く増えたとのこと。ちなみに、スイスの農家の平均年齢は49歳と若いが、国から収入が補助されるのは65歳までで、若手に手厚く補助することで、世代交代を促進している。
授業では、教師が生徒に対して、「農家にとって最も大事なのは、国民への食料の安定供給だ。自分たちが非常に戦略的価値の高い職業に就いていることをくれぐれも忘れないでほしい」と熱く語っている。
農業問題への関心は高まっている!
民間のシンクタンクである紀尾井町戦略研究所の調査結果(10月13日、全国の18歳以上の男女1000人を対象)は、国民の農業に関する潜在意識を浮かび上がらせる興味深い結果を示している。注目したのは次の7点。
(1)日本の農業の現状については、「問題だと思う」58.2%、「やや問題だと思う」36.1%、「あまり問題だと思わない」2.5%、「問題だと思わない」0.5%、「わからない」2.7%。大別すれば、94.3%が「問題」としている。
(2)日本の農業は多額の補助金によって支えられているとの指摘については、「食料自給は重要なので補助金優遇はやむを得ない」26.3%、「食料自給は重要だが補助金以外の方法も検討すべき」59.6%、「食料自給のためとはいえ補助金優遇はおかしい」7.6%、「わからない」6.5%。6割が「補助金以外の方法も検討すべき」としている。
(3)基幹的農業従事者数の減少や、2022年の新規就農者数が5万人を下回り過去最低となっていることについては、「問題だと思う」54.6%、「やや問題だと思う」36.8%、「あまり問題だと思わない」3.5%、「問題だと思わない」0.8%、「わからない」4.3%。大別すれば、91.4%が「問題」としている。
(4)2022年の基幹的農業従事者の平均年齢は68.4歳で、高齢化が進行していることについては、「問題だと思う」66.0%、「やや問題だと思う」25.6%、「あまり問題だと思わない」3.9%、「問題だと思わない」1.0%、「わからない」3.5%。大別すれば、91.6%が「問題」としている。
(5)低自給率の小麦や大豆への政府の補助政策ついては、「政府が多額の補助をしてでも自給率を上げるべきだ」24.9%、「自給率を上げることは重要だが政府の多額の補助は再考すべきだ」56.0%、「政府による多額の補助が必要なら自給率を無理に上げる必要はない」9.7%、「自給率を上げること自体が必要ない」1.6%、「わからない」7.8%。大別して小麦・大豆の自給率向上に否定的なのはわずか11.3%。6割近くが「多額の補助は再考すべきだ」としている。
(6)労働人口減少のなかで優先的に従事者を増やすべき産業についての問い(複数回答)では、「その他」も含めて20の産業が示されたが、最も多かったのは「農業」75.3%。これに、「漁業」40.2%、「運輸業」34.3%などが続いている。
(7)農業従事者を増やすための方策についての問い(複数回答)では、「その他」も含めて17の施策が示されたが、最も多かったのは「農業に関わる人の所得が増えるような施策」61.8%。これに、「女性や若者が就農しやすい環境の整備」52.2%、「生産技術向上のための支援」44.0%、「新規就農者への初期費用の支援」41.7%などが続いている。
補助金の意義や正当性を訴える
紀尾井町戦略研究所の調査結果から、農業の現状に強い危機感を覚えている国民が多いことが明らかになった。4分の3の人が、農業従事者を優先的に増やすべきだとしたことについては正直驚いた。そのための施策については、スイスの取り組みが参考になる。ただし、補助金についてはネガティブなイメージが影響していることが分かった。
補助金の意義や正当性を国民に訴え、補助金として用いられる税金を、「私たち自身のために支払っているお金なのです」と、毅然として答える国民が多数を占めるとき、農業にも農家にも明るい展望が見えてくる。もちろん国民にとっても。
「地方の眼力」なめんなよ
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