食料安保と環境負荷低減【小松泰信・地方の眼力】2024年3月6日
2月27日、政府は、食料・農業・農村基本法改正案を閣議決定し、国会に提出した。同案のひとつの核心部分は、「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」(食料安全保障)の確保である。

農家収入の安定化と地域・集落農業の維持
「担い手や生産インフラである適切な農地を確保できなければ、新たな政策もかけ声倒れになりかねない」と、指摘するのは京都新聞(3月4日付)の社説。
わが国の食料自給率(カロリーベース)が38%と、先進国で最低水準が続いている状況は、「長年続けたコメの減反政策や、小麦や大豆、飼料作物を輸入に頼ってきたこと」が影響していると分析。「減反をはじめ、結果的に農業の衰退を招いた政策を総括し、国内生産のてこ入れを急ぐ必要がある。何より、これからの担い手になる若い就農者を増やすことが急務だ」として、「スマート農業による生産性の向上」などよりも、「農家の安定収入の確保策こそ必要ではないか」と正鵠を射る。
「大規模化や農地の集約をさらに進める」としている点についても、「国土と環境保全の観点からは、地域・集落農業の維持も重要だ」と二の矢を放つ。さらに、改正案とセットで閣議決定された不測時対応を定めた「食料供給困難事態対策法案」については、「統制色が際立つ」ことや、生産物の強制的切り替えは「現実的とは思えない」とバッサリ斬って、「『食料安保』の名の下で危機感をあおるばかりでなく、現実的な政策を着実に積み上げていく必要がある」と、三の矢を放つ。
重要なのは平時の着実な対策
信濃毎日新聞(3月5日付)の社説は、「重点をどこに置いて政策を進めるのか、改正案からその方向性は見えてこない」と指摘し、「明快さを欠いた内容は今後の予算にも影響してくるだろう。政府は防衛費を大幅に増やし、経済安保では強権的な法案まで出す力の入れようだ。脇に置かれている農政が心配になる」と憂慮の念を示す。
農作物の「合理的な価格形成」については、改正案が消費者や事業者に「考慮されるようにしなければならない」とした点を俎上にあげ、「どう具体化するか曖昧だ。価格決定の過程に政府が働きかけても、値上がりに消費者の理解が得られるだろうか」と疑問を呈し、「生産基盤を維持するには、価格に着目するだけでなく、農業者の所得を直接支えるような政策の検討も必要ではないか」と、鋭く迫る。
「多様な農業者」によって農地の維持を図るとした点を、「専業農家に限らず兼業農家なども政策対象とする考えを示した形だ」と前向きに受け止め、「参入のハードルをどう下げていくかも問われることになる」と、課題を指摘する。
そして、「食料供給困難事態対策法案」については、「危機に備え政府権限をいくら強めても、生産基盤が弱り切った後で機能するとは思えない。重要なのは平時の着実な対策だ」と頂門の一針。
「効率的安定的な農業経営」至上主義者の嘆き
日本農業新聞(3月6日付)の論説は、「担い手の確保」を論点のひとつに位置付け、従来の「効率的安定的な農業経営」に加えて「多様な農業者」を重視していることを、「現実的な見直し」と評価する。他方で、農業法人における「自己資本の充実」を打ち出したことについては、企業による出資を促すもので、優良な農業法人の囲い込みにつながる可能性を懸念する。
「価格転嫁」をもうひとつの論点に位置付け、「価格転嫁の議論が難航する中、資材高騰に苦しむ農家経営を下支えするには、直接支払いの拡充に向けた議論が重要だ。財政難を理由に、農林水産予算の削減へ圧力が強まる。(中略)直接支払いの充実へタブー視せず議論を始めるべきだ」と、直接支払いの拡充を求めている。
「多様な農業者」に関して、農協改悪を取り仕切った「効率的安定的な農業経営」至上主義者の奥原正明氏(元農林水産省次官)は朝日新聞(2月28日付)で、「改正案は、農家の減少を理由に兼業農家を位置付けようとしており、農地の集約化など成長産業に向けた構造改革にブレーキがかかるおそれがある」と嘆いている。彼を嘆かせただけでも改正案を褒めたくなった。
環境負荷低減こそ究極理念
JAcom(3月4日付)で、田代洋一氏(横浜国立大学名誉教授)は、まず「憲法や実体法は権利付与や罰則を伴うが、基本法にそれはなく、あくまで農業や農政を方向付けるための理念法」であるため、「農政の憲法」という呼称は誤りとする。その上で、「理念が力を持つには国民の信頼を得るしかない。そのためには理念がクリアである必要がある」とする。
そして最も注目したのは、「改正法案の真の基本理念は食料安全保障それ自体ではない。食料安全保障や多面的機能は『環境への負荷の低減が図られる』ように追求されねばならない(3~5条)。とすれば、食料安全保障や多面的機能の唯一の追求方法としての環境負荷低減こそ究極理念といえる」という指摘である。確かに、第32条でも「環境への負荷の低減の促進」が記されている。氏は、「折から世界は2050年カーボンニュートラル化を目指している。改正法が今後20年程度を射程に入れるとすれば、このようなグローバル課題にリンクすべきだ」とするとともに、「再生産確保とのバランスをとった環境負荷低減の目標が基本法(基本計画)にも盛り込まれるべきである」と瞠目すべき提言。「環境負荷低減」が改正案のもうひとつの核心部分である。
導入されるクロスコンプライアンス
日本農業新聞(2月26日付)の1面は、農水省が環境負荷低減に向け2024年度から、農家による補助金の申請時に、適正な施肥・防除や燃料節減、生物多様性の保全などに関わる19項目の取り組み意思を確認するチェックシートの提出を求めることを報じた。25年度からは取り組みの事後報告も義務付けられ、実践しなかった農家には行政指導がある。27年度以降は、悪質な事案に対しては補助金の返還も検討していることが記されている。
いわゆる、政府の支援を受ける代わりに、農家が決められた条件を守ることを指す「クロスコンプライアンス」(交差要件)の導入であるが、同紙(2月27日付)の論説も、「補助金要件に環境配慮」とのタイトルでこの問題を取り上げている。
4月からすべての補助事業を申請する際は「環境負荷低減のクロスコンプライアンスチェックシート」の提出が必要となることからも、究極理念の実践が加速しそうだ。
改正案に対する厳しい不満も聞かれるが、「農」を取り巻く情況を考える時、「農」の価値を認める人や組織の発言や行動で、「亡国の農政」への流れを少しは押し戻した感あり。ただし、油断すれば「亡国の農政」へまっしぐら。心して闘うのみ。
「地方の眼力」なめんなよ
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