どぶろくから酒、ビールへ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第317回2024年11月21日
1950(昭和25)年ころ、中学校から午後3時過ぎに家に帰ると、いろりのそばに近くの交番のお巡りが座って祖母と雑談している。それがほぼ毎日である。なぜなのか不思議だった。ある時次のようなことに気が付いた。
お巡りが来て5分くらい経つと祖母がコップに何か白い液体を注いで持ってくる。お巡りはそれをキューッと飲み干す。それから敬礼をして「それではまた」と自転車に乗って帰る。その白いものが出てくるまでは帰らない。逆に祖母がいない、白い物を出してもらえないとなるとすぐに帰ってしまう。
その白い液体は、おわかりのように濁酒(どぶろく)、一般人は製造を禁止され、つくれば「密造」したとして税務署に捕まり、罰金を科せられたものだった。
それでもこっそり造って飲んだ。とくに原料の米を生産している農家がそうだった。酒税がかからないし、自給なので販売にかかる経費、手数料もいらないものだからきわめて安上がりだったからである。
私の祖母も当然のごとくそのどぶろくをつくり、祖父の晩酌用(父は当時酒を飲まなかった)、客の接待用に使った。しかも近所で評判の名人だった。
お巡りはそのどぶろくが飲みたくて、巡回の途中必ず家に寄ったのである。考えてみれば、警察は税務署と違って密造を取り締まる権限も義務もない。だからお巡りには罪悪感はない。祖母も平然とどぶろくをごちそうする。飲ませておけば何かのときに役立つと考えたのだろう。
どぶろくは農家の必需品だった。客や手伝い・結いの人たちに酒を飲ませるのは必要不可欠なのに、戦後酒は配給制度でたまにしかもほんのわずかしか手に入らず、しかも高価だったからである。また米が小作料でとられることが農地改革でなくなったので、どぶろくをつくれるようになったこともあった。だからどこの家でもどぶろくをつくったものだった。
1962(昭和37)年、宮城県古川市の近郊(現・大崎市)に調査に行った。今なら市の中心部から車で15分もかからないところであるが、当時はまだ歩きの世の中、調査もそうだったので、農家に泊めていただいて調査をした(注1)。その夕食のとき、ご主人がビールを飲んでいた。そして私たちにも勧めてくれた。次の晩もである。客が来たからといってビールを出したわけではなく、晩酌で毎晩飲んでいるのである。
それを見て私は驚くと同時にうれしくなった。何でそんなことで、と言われるかもしれない。何も不思議なことではないからである。しかし当時ビールはかなり高価だった。日本酒も高かったが、それ以上に高かった。貧乏学生は焼酎を飲んでいる(少し金があると焼酎に甘い梅エキスをたらして飲みやすくした梅割り焼酎・通称ワリチュウを飲んだものだった)時代であり、一般の家でも晩酌がビールなどということはなかなかできなかったころである。ところが純農村部の普通の農家が、どぶろくではなくて、酒どころかビールを飲んでいる。農家がビールを晩酌で普通に飲める時代になってきた、それが何とも言えずうれしかったのである。
しかしこのことは村からどぶろくが消えていくことを示すものでもあった。
それでもまだ、とくに山間部などでは、細々と濁酒造りが続けられていた。
1971(昭和46)年の岩手県川井村(現・宮古市)の調査(注2)のさい、ある農家におじゃましたとき、昼の日中なのに、調査の最中なのに、お茶代わりということでどぶろくを出された。そもそも川井村の水田面積は少なく、その農家も自給もおぼつかないほどの水田しかないのに、そこでとれた大事な米をどぶろくにすることに驚いた。そんな貴重なものをいただくわけにはいかない、ましてや調査の最中である。遠慮はしたものの、何しろ根っからの酒好きのこと、ついつい手が出てごちそうになってしまった。一口含んだらちょっと味が違う。二口目、酸味が少なく、口当たりが非常によいことに気が付く。ともかくおいしい。驚いていると、農家の方は笑いながら「これはビールだ」という。麦を原料にしてつくったどぶろくだというのである。
「麦どぶろく」を飲んだのは、後にも先にもこのときだけだった(次回に続く)。
(注)
1.もちろん宿泊料は出させてもらう。
2.本稿・11年1月6日掲載「☆入会林野」参照
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