日本人と餅【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第331回2025年3月7日

私の東京暮らし、老人ホーム暮らしはまだ始まったばかり、引っ越し荷物の整理もまだ中途、ともかく慣れるのに精一杯でその感想を述べる時間的精神的ゆとりはまだない。そこで今回は、年始めに本稿に記載した話題の「餅」についてちょっと書かせていただく。
餅、私の子どものころを例にして前に述べたが、もち米は日本人の暮らしの不可欠の一部をなしてきた。
しかし、蒸かしたもち米を餅にする臼と杵(きね)を持たない家があった。とくに町場の一般庶民はその居住環境からしても持てず、餅は買って食べるものだった。
農家でも経済的理由から臼を持てないものがいた。たとえ持っていても餅を搗けない農家もあった。何しろもち米は単収が少ない。したがって面積が少ない農家、とくに収穫した米の半分を年貢として納めなければならない小作農家は、多収のうるち米をつくって小作料を収め、何とか家族の食料を確保するより他なかった。それならもち米を買って臼で餅を搗けばいいのだが、買う金などなかった。
米のつくれない地帯の農家も餅は食べられなかった。うるち米でさえなかなか買えないのに、もち米など買えるわけはなかった。それで、前に述べたいも餅やかぼちゃ餅、もちアワをつくってのアワ餅で我慢するより他なかった。
しかし、戦後の民主化と稲作生産力の向上でみんな餅を食べられるようになってきた。
ところが、農産物輸入の増加とともに食生活は変化し、1970年代から餅の消費量は減ってきた。電気餅搗き機ができてどの家庭でも餅が搗けるようになったにもかかわらずである。
それでも、お正月にはほとんどの日本人が餅を食べる。お彼岸やお盆には「おはぎ」を食べる。結婚式など何かめでたいことがあるとお赤飯を食べる。こうした食の伝統はまだ残っている。
しかし、自分の家でお赤飯を焚いたり、餅を搗いたりする家は本当に少なくなった。
町のど真ん中になってしまった私の生家でも臼で餅を搗くのはかなり前にやめてしまったし、隣近所もとっくにやめた。電気餅搗き機ができたのでそれで搗いている家もあるが、多くは店から買っているようだ。
量販店の食品売り場に行けば必ず切り餅は売っているし、お正月近くになれば鏡餅も売っているので、無理して自分の家で搗かなくともよくなっている。コンビニによってはお赤飯弁当も売っている。
その点では便利になった。重い杵をもって臼で餅を搗く、こんな重労働から解放された。
でも何かさびしい。生活にかかわる農家調査、これをしなくなってからもう20年以上にもなるのでわからないが、村々でも臼で餅を搗かなくなっているのだろうか。
1月10日に開かれる山形の初市では山村集落の方がつくった臼や杵をたくさん売っていたが、今はどうなっているのだろうか。臼や杵をつくる技術は伝承されているのだろうか。
臼で搗けなくともやはり自分の家で餅を搗きたい。それで私と家内は毎年お正月に電気餅搗き機で餅を搗いている。ただし家内の家のしきたりにならって大晦日に餅を搗く。
もち米が蒸しあがると、前にも述べたようにまずおにぎりをつくり、それから餅搗きのスイッチに切り換える。そして声をかける、「おにぎりができたよ」、二階で遊んでいた孫たちがあわてて下に降りてくる。孫たちの大好物、フーフーしながら、私たちもいっしょに食べる。
搗きあがると孫たちは鏡餅つくりだ。またのし餅もつくっておく。これが毎年の慣例となっている。
蒸かしおにぎりと鏡餅・切り餅つくりだけは最低限孫たちに伝えていきたいものだと思っている。
今、寿司を初めとする日本の食が世界に広がっている。「米を食うとバカになる」「粉食こそ文明国民の主食」などとかつていった人たちの顔を見たいものだが、米は寿司やお握りだけではない、餅にしてさまざまな食べ方を楽しむのもいいものなのだ、それをもっともっと世界に発信してもいいのではなかろうか。
その前に日本人が、とりわけその若者層がもっと餅に親しむようにする運動を必要があろう。まずはどこの家にも電気餅つき器があるようにする運動、宣伝を電気製品メーカーと稲作農家・農協・米穀商・餅加工業者等々が協力して展開し、さらには外国人に日本の餅のよさ、うまさを広めていく必要があるのではなかろうか。
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