(436)フェイクフードとフードセキュリティ【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年5月23日
「見た目は本物、中身は違う」、これは現代の「食」では当たり前なのでしょうか。いわゆるフェイクフードがフードセキュリティの観点からどのような意味を持つのか考えてみたいと思います。
言うまでもなく「フェイク(fake)」とは偽物・模造品・偽造品を意味する。少しくだけた俗語としては「ダサい」というような意味で用いられる場合もある。
さて、技術が進展すると本物に近いモノが容易に製造可能となる。「食」の分野も例外ではない。見かけだけでなく、味や中身(例えば食感や成分など)までもが限りなく本物に近くなる可能性がある。フェイクの技術がわかりやすく、似て異なる食べ物として笑い飛ばしているうちは良いが、現代の高度技術に基づくフェイクフードにはフードセキュリティの面から無視できない側面がある。このあたりに焦点を当てた議論は意外と少ない。
例えば、限りなく本物に近い製品の製造には、専用施設や高度なバイテク技術だけでなく、製造方法でも特許などの知的財産権が不可欠である。仮にある国や企業が特定の食品の製造方法に関する特許を押さえてしまえば、その方法が普及し、多くの食品メーカーが使用する場合、継続的に使用料を支払わざるを得ない。
これを伝統的な農業と比較すると問題の深さがよくわかる。農業は、少なくとも各国が各々の国内で自立した形での実施が可能である。だが、これに他国あるいは他国企業による特許料の支払いなどがからむとフードシステムは自立的ではなくなる。
そして、大量生産により一定の品質のフェイクフードが市場に溢れるにつれ、既存の農業による生産物と対立する構図が生じる。対立しても共存可能な状況であればまだ良いが、価格競争や便利さなどで既存製品が淘汰される可能性、さらにそのような状況に直面した農家が生産をあきらめる状態と、それがもたらす結果や影響も考える必要がある。
このあたりはまだ観念的な議論かもしれない。だが、少し具体的に考えると別のリスクが見えてくる。大量生産されるフェイクフードに対する安全性の問題である。十分に普及した重要技術の安全性に対し、仮に攪乱情報などが流されれば、フードシステム全体がデマや情報操作に対する脆弱性という観点から評価を問われることになる。
さらに言えば、現在最先端技術を用いて研究開発中のフェイクフードは、例えば精密発酵プラントやバイオリアクター(微生物などの生体触媒を用いて物質の合成などを行う反応器)などの集中施設で実施されている。商業化される場合、生産性・効率性を高めるため恐らくは生産施設の集中化が不可欠であろう。そして、一か所に集中すればするほどバイオテロなどの標的になる可能性も高くなる。伝統的な地域農業が全国に小規模で分散しているのは、実はリスク回避の点では非常に良いという訳だ。
最も重要な点は、フェイクフードが最終的に行きつく先はどんなに銘柄をそろえても管理と利益獲得が容易な画一化に向かう点である。それは言い換えれば、多様な食文化の喪失でもあり、「食」に対するアイデンティティの喪失にもつながる危険性を備えている。
各種のフェイクフードを開発している技術者は、世界が直面する「食」の問題に技術的な解決策を提供しようとしている点は間違いない。ただし、それはあくまでもテクニカルな次元での対応である。国民の「食」のアイデンティティの根幹に関わる技術は、とくに不可逆性がある場合、どう導入し、いかに規制し、そしてどう国民で共有するかについて、もう少し長期的視点に立ち、フードセキュリティの観点から幅広い議論が必要なのではないか。
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