JAの活動:インタビューで綴る全農50年
【インタビューで綴る全農50年】第9回 自主流通米販売に尽力 倉庫基金立ち上げ 元JA全農役員室長 渡辺徳義氏2022年7月23日
戦後、日本の米政策は大きく変わった。国が管理する食糧管理制度から、昭和44(1969)年の自主流通米制度の導入は米政策の大きな転機となり、今日の米の過剰まで問題を引きずっている。制度導入から30年近く、一貫して全農の米流通・販売に関わってきた渡辺徳義氏に聞いた。(聞き手は農協協会理事・坂田正通氏)
渡辺徳義 氏
――昭和38(1963)年、全農に入会されました。それまでの経過を話してくだい。
熊本県菊池郡の旧龍門村(現在菊池市)の農家の生まれです。大分県との県境の山間地で米・麦のほか、林業が主な収入源でした。兄弟姉妹7人で、男4人のなかの三男です。自然豊かな農村で、春はワラビやゼンマイなどの山菜採り、夏はウナギやアユの魚捕り、秋はアケビや自然薯と、小・中学校時代は、勉強そっちのけで遊び回っていました。
地元の高校を卒業するとき進路に迷いましたが、農家出身だったので、なんとなく農業関係の大学へ行こうと考えていました。家では農耕用の馬2頭、牛2頭飼育し、小学高学年のころから世話をして親しんでいたので、将来は畜産関係の仕事がしたいと漠然と思っていました。
――全農では一貫して米流通の仕事でしたね。
宮崎大学の農学部畜産学科に進学し、ハム、ソーセージなど畜産製造学を専攻しました。昭和38(1963)年、全農(当時の全販連)に入会。最初は大阪支所の畜産部鶏卵課に配属されました。鶏卵の販売が中心で、当時、大阪支所は関西圏の鶏卵市場の相場を決めていたので、新人の仕事は6時半には産地のJAから上がる出荷量を電話で確認することでした。堺分室で鶏卵の販売をしたこともあります。
昭和40年代に入ると米の生産量が増え、42年産米から3年続きの豊作となり、政府米の繰り越し在庫は700万t(当時の年間の消費量に匹敵)を超え、大きな問題になりました。こうした米の過剰を背景に44年産米から自主流通米制度がスタートしました。
これを受けて全農は自主流通部を立ち上げ、各支所の米麦部 に自主流通課を設け、私は大阪支所米麦部自主流通課に配属されました。以後、平成7(1995)年に本所の役員室に配属されるまで約30年間、米の流通に関わる業務に携わってきました。
自主流通米制度発足初年度は制度の不備や職員の不慣れなどもあって、取り扱い実績は主食うるち米、酒米、もち米合わせて86万tと、政府計画の170万tを大幅に下回る結果となりました。
45年産米以降は、取り扱い関係者の制度・実務への理解が進んだことや、政府の助成の充実、さらには消費者の良質米志向の強まりなどがあって、比較的順調に推移し、米流通の主流を占めるようになりました。
当時を振り返って、今でも鮮明な記憶としてあるのは、やはり自主流通米制度発足当時のことです。配属された職員にとっては初めての仕事で、何もわからず、すべてゼロから手探りの状態でした。食糧管理制度についての知識はもとより、品種や品質への知識が不足しており、日々の仕事から教えられることばかりでした。
当時、私は兵庫県内の卸、酒造会社、米菓業者などへの販売や兵庫県産米の出荷を担当していました。兵庫県経済連は、自主流通米制度の発足前から日本一の酒米「山田錦」を全国に発送していました。このため米流通に関する知識や経験が豊富で、教えられることが多くありました。
そのころは、朝6時起床で、早朝出勤して出荷指図の作成や販売先への出荷案内、それが終わると県内の卸や酒造組合などを訪ねて、打ち合わせやお願いで走り回り、事務所に帰るのは夕方の6時~7時。それから出荷報告書の整理、起票手続き、入金の確認、事務処理などを片付け、帰宅は毎日11時から12時で、時には日付けが変わることもありました。卸や酒造業界の人には何度も叱られたり、苦情をいわれたりして苦労しましたが、あたたかく指導していただき、忘れられない思い出になっています。
その後も、自主流通米の仕事で福岡支所、本所、福岡支所、名古屋支所を転々とし、昭和60(1985)年からは本所の米麦部倉庫課で政府米の予約売り渡しや農業倉庫、カントリーエレベーターの保管管理指導を担当しました
当時消費者の米の安全性に対する関心が高まり、それまでの夏場の燻蒸は一切禁止になりました。このため各県、各JAは小規模、老朽化した農業倉庫を建て変える必要が生じました。しかしそれには多額の建設資金が必要であり、政府に対して助成措置を求めましたが、財政難の折から実現せず、米の保管管理に大変苦労しました。
その後、自主流通部の総合課、米総合対策部などを経て、平成7(1995)年役員室長を務めました。さらに2年後、農業倉庫基金(財団法人農業倉庫受寄物損害補償基金)に常務として出向しました。農業倉庫基金の本来業務は、もともと農業倉庫の火災、水害事故による損害を補償、およびカントリーエレベーターの品質事故の損害補償でした。
しかし、これからは事故を防ぐための指導強化が重要だと考え、また将来全農が保管管理業務の責任を果たせなくなることも予想し、基金が主体的に取り組むべきと提案しました。一部には、基金は金庫番だから余計なことはしなくてもという反対意見もありましたが、いま農業倉庫基金はその任務を立派に果たしています。
平成9(1997)年近畿酒造精米、西日本パールライスの社長をそれぞれ2年間務めました。当時、酒造米は酒屋(酒造メーカー)の委託を受けてて精米していましたが、酒屋は自ら精米したいという意向があるなかで、近畿精米に任せてもらうよう推進しました。
西日本パールライスは新しい会社であり、その立ち上げが大変でした。当時、大阪では、卸業界の反対で卸の資格がとれませんでした。そこで府連と全農が出資して大阪農協食料という会社をつくっていました。そこに兵庫経済連が加わって西日本パールライスがスタートしたのです。
新規会社は人材の寄せ集めです。それぞれ企業風土の異なる職場からきているので大変で、社内をまとめるのに1年間苦労しました。その後、西日本パールライスは東日本パールライスと合併し、卸の資格を持つ15府県連が参加して全農パールライスとなり、その取扱量は年間44万t、精米の取り扱いでは日本一の立派な卸になっています。
――履歴を見ると、実に多くの転属・転勤を経験されています。50年近い全農の仕事を終えられた時の心境はどうでしたか。
昭和38年の入会以来、大阪支所、福岡支所(2回)、名古屋、本所(2回)と何度も転勤を重ねました。単身赴任はしないと決めていたので、家族同伴です。子どもたちにはつらい思いをさせたと思っています。
退職して20年以上経ちますが、いまは詩吟と筋トレを楽しんでいます。詩吟は師範の資格もとりました。大きな声を出す詩吟は健康によく、漢詩や和歌、俳句、現代詩を覚えなければならず、脳の刺激にもなりますよ。
また、小さいころから親しんできた土からは離れられず、狭い庭とベランダで野菜や花づくりを楽しんでいます。レタスは年間自給です。最近、うれしかったことは平成16(2004)年、JA全中の功労賞をもらったことです。長年の協同組合の仕事が認められたとの思いでした。
いま、世界はロシアとウクライナの戦争、その影響で円安が進み、肥料、餌代が高騰し、農業、全農も大変なときだと思います。特に食料の問題では、食料自給率の低い日本にとっても大きな不安で、これから農業の果たす役割が大きくなると思います。全農や農協の役割が大きくなるので、頑張って仕事をしてもらいたい。
時々、熊本の田舎に帰ることがありますが、そのたびに寂しい思いをします。思い出のある畑や田んぼに孟宗竹や雑木がはびこっています。長年、米に関わってきた一人として、米が見直され、美しい田んぼに蘇る姿を見たいですね。
【インタビューを終えて】
渡辺さんは熊本県菊池市に生まれ、中山間地の農家の3男坊として育った。子どものころは牛馬の世話や稲、麦の作付け、収穫時の忙しいときは、その手伝いをよくさせられたとか。その一方で、遊びも兼ねて春にはワラビやゼンマイとり、夏は近くの川でウナギや鮎などの魚とり、秋には山に入って自然薯掘りなど、自然豊かななかで、のびのびと育ってきた。うらやましい限りだ。
しかし今ではこの中山間地の山や田畑は荒れ果て雑木林で、人も住まなくなっている。こうした光景を目にするのは実に寂しく、悲しくなるという。
渡辺さんは全販連に入会し、最初の配属先は大阪支所鶏卵課、それ以降は支所から本所の米麦担当、現業の仕上げは本所米麦部長。温厚で誠実な人柄で、支所・本所転勤の間、常に家族同伴した。ご苦労も多く、お嬢さんを大学院まで行かせたのに白血病で亡くしたことを不憫に感じている。男の子は健在。現在は健康維持のため筋トレと詩吟に傾注。詩吟は師範の資格をとり、地域で教えている
(坂田)
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