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特集:食料・農業・地域の未来を拓くJA新時代

2019.07.24 
【提言 JAグループに望むこと 柴山桂太・京都大学大学院准教授】周回遅れの農政に否 自給体制の強化急務一覧へ

 食料・農業・地域の未来を拓くJA新時代を本当に迎えるために、いまJAグループは何を考え、どのような行動を起こすことが必要なのかについて、柴山桂太京都大学大学院准教授に提言していただいた。

◆危うい"輸出戦略" 国家間の対立激化

柴山桂太 京都大学大学院准教授

柴山桂太准教授

 

 グローバル化の時代は長続きしないのではないか。私は以前からそのように主張してきた。歴史を振り返っても、市場が開放され各国の経済が緊密に結びついた時代の後には、必ず巨大な反動の時代がやってくる。19世紀後半から本格化した前回のグローバル化が、やがて各国の保護主義を招くことになったのはその好例である。
 20世紀後半から始まった現代のグローバル化も、いずれ激しい逆流に見舞われることになるのではないか...。最近の国際情勢を見る限り、私の予想は大きくは間違っていなかったようである。これまで自由貿易の旗振り役だったアメリカで、公然と保護貿易を唱える大統領が出現する。他の地域に先駆けて市場統合を進めつつあった欧州では、選挙の度に反EU派の政治勢力が台頭している。私の見立てでは、これはまだ新たに始まりつつある歴史的変化の、ほんの序盤に過ぎない。近く起こる次の世界的な景気後退で、すでに表面化しつつある国家間の対立は、ますますエスカレートしていくことになると思われる。
 こうした予測は私だけが行っているわけではない。例えば英エコノミスト誌は、来たるべき時代は「スローバリゼーション」の時代になるとの特集を組んでいる(1月24日号)。各種統計を見ると、国際的な貿易や投資の動向を示す指標はどれも伸び悩んでいる。これはトランプ大統領がしかけた米中貿易戦争が始まる、数年前から見られる傾向だ。貿易や投資が急速に伸張するグローバル化の黄金時代は2008年のリーマンショックで終わりを迎えた。今後は「スロー(ゆっくりとした)」な「グローバル化」の時代、すなわち世界貿易や国際投資が頭打ちになる時代が長く続くことになるだろう。その兆候は世界の至るところで現れている、という。
 そのような視点に立ったとき、危惧されるのは日本の農政である。安倍政権は「攻めの農政」を合い言葉に、農業生産物の輸出を積極的に後押ししている。海外の消費者に販路を拡大することが日本の農業を再生させる切り札になる、との考えに基づいているのだろう。だが、国際政治経済の現状を考えた時、農業の輸出志向戦略は本当に望ましいと言えるのだろうか。
 改革派は、農業の国際競争力を高めるために、生産の大規模化や株式会社の新規参入を認める方向に舵を切るべきだと主張している。なるほど品目によっては、そのような改革が求められる分野も存在するのだろう。だが、海外への販路拡大を前提とした農政改革に危うさを覚えるのは、私だけではあるまい。
 確かに日本の農業輸出は急速に拡大している。昨年の農林水産物・食品の輸出額は9000億円を突破し、政府が目標とする1兆円に迫る勢いだ。しかしそれは、比較的好調な世界経済と円安に支えられてのことである。だが、世界経済はいつまでも好調であり続けるわけではない。前回のリーマンショックから10年余が経過し、世界経済はふたたび次の大きな経済危機に備える時期にさしかかっている。特に日本の主な農業輸出先である香港と中国は、この10年間で民間債務が急拡大するなど、危険な兆候が目立っている。端的に言えばバブルだ。バブルが弾けて以後も、アジアの裕福な消費者が日本の高価な農産物を買い続けてくれるという保証はない。

 

◆不確実な為替動向 国際紛争リスクも

自国ファーストの行く先は トランプ氏(左)と習近平氏

自国ファーストの行く先は

 

 近年、日本では農産物輸出を急拡大させているオランダが、モデルの一つとしてもてはやされている。だがオランダはユーロ加盟国であるという事実には注意が必要だ。これは日本との大きな違いである。共通通貨体制の下では、事業者は、為替リスクなしに将来の事業計画を立てることができる。一方、日本の農業者が輸出を前提に事業を進めるには、将来の為替動向が不確実要因になる。今は円安かもしれないが、リーマンショックのような経済危機が起これば、ふたたび急激な円高に見舞われるかもしれない。百戦錬磨の日本の製造業企業でさえ、予想外の為替変動で巨額の損失を計上するのも稀ではないのだ。為替リスクなしに欧州市場を取り込めるオランダを、不用意に真似るべきではない。
 その上、現代は国際政治上の紛争がただちに経済制裁へと波及する時代である。米中貿易戦争を見てみればいい。アメリカは中国からの輸入品に高関税を課したが、中国はその報復としてアメリカからの農産物輸入を締め出している。米国の中国向け大豆輸出はこの一年で70%、豚肉は53%も下落したと報じられている。日本はこうした貿易戦争と無縁であり続けられるだろうか。この7月、日本は韓国に対して、半導体製造に関わる原材料の輸出管理を厳格化した。日本政府の姿勢を非難するつもりはない。しかし、政治上の理由から対外輸出規制の強化を認めるということは、同様の理由で他国から輸出入の規制をかけられるリスクを負うということも意味している。国際政治上の紛争可能性が高まった現代では、貿易に関わる国境の障壁がいつ引き上げられたとしてもおかしくはないのだ。
 もちろん、農産物の輸出を頭から否定したいわけではない。品目によっては輸出の余地が大きいものもあると聞く。また地域によっては農地の大規模化を進め、余剰生産物の海外販売に活路を求めざるをえないところもあるのだろう。だが、海外市場への依存度を高めるとは、自分たちではコントロールできない国際政治経済の不確実な要因に事業の未来を左右されてしまう、ということでもある。それに国際競争力を獲得するにはさらなるコスト削減に向かわなければならないが、それによって農業従事者の所得が増えるのかは未知数である。
 日本の農業はこれまで、国内消費を前提に営まれてきた。私は農業問題を専門に研究しているわけではないが、この数年で、酪農や果樹、野菜づくりなど農業の現場を視察する機会が何度かあった。その際、何度も聞いたのが、手塩にかけて育てた農産物を国内の消費者においしく食べてもらいたいという現場の声である。また、農産物の生産は地域ごとに微妙な「棲み分け」が行われていて、互いの領分を暗黙のうちに守っているという話も方々から聞いた。日本の農業は、国内分業を前提に発展してきた過程で、独自の秩序を形成してきたわけである。その秩序を差配してきたのが、農協に代表される中間団体であったのは間違いないところだろう。

 

◆"過度"な国際分業 自国の消費が前提

国内消費を前提にした生産力強化を

国内消費を前提にした生産力強化を

 

 日本の農業をグローバル化しなければならないと考える改革派にとって、こうした農業生産者の態度はあまりに後ろ向きに見えているに違いない。事実、改革で先行する諸外国では農業生産を拡大し、政府と農業・食品企業が連携して海外販路を開拓している事例が少なくない。なぜ日本で同じことができないのか。生産者の目をもっと海外に向けるべく意識改革を進め、リスクを取って国外の需要を取り込むよう促すべきではないか。JAがその障害になるというなら、政治的圧力を加えて組織の力を削いでいくべきではないか。私の見聞するところ、こうした意見は農業業界の内側でというより外側で、盛んに言われているようである。
 だが、日本の農政が、官民一体となってグローバルな市場を積極的に取り込む「重商主義型」に転換することが、長期的に見て本当に望ましいことなのだろうか。冒頭にも述べたように、今や世界各地で、行きすぎた国際分業を自国優位に編成し直そうとする動きが生じ始めている。その過程で生じる国家間の摩擦は、これから大きくなることはあっても小さくなることはないだろう。過去30年以上にわたって続いてきたグローバル化の流れが、この先30年も同じように続く可能性は低い。時代は明らかに「スローバリゼーション」に向かう兆候を示しているからだ。
 国際的な緊張が高まるという見通しの下では、各国は農業の自給体制をこれまで以上に強化しようとするだろう。これから農業をグローバル化しようとする日本は、こうした歴史の流れに逆行する「周回遅れ」の存在として孤立していくのではないか。現状を見る限り、そのような疑念が拭えないのである。
 今後、グローバル経済が変調を来していく中で、国家間の溝はいやおうなく深まっていくことになるだろう。国内消費を前提にした自給体制の強化は急務となる。昨今の改革論でJAへの風当たりは厳しくなっているようだが、各地域の農業の実態について細かな情報を持つJAグループが、国内分業体制の再構築に果たすべき役割はこれからますます大きくなってくるはずである。
 農産物は単なる商品ではない。どんなに社会が発展しても、基礎的な食料はまず国内で作られ、消費されるべきだ。歴史上何度も確認されてきた、この当たり前の事実を軽視し、日本の農政が「周回遅れ」のグローバル化に傾斜していくというなら、それに抵抗することもJAの大事な使命なのではないだろうか。

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