JAの活動:JA全農の若い力
家畜衛生研究所クリニックセンター 平谷寛樹さん 家畜疾病予防に全力投球【JA全農の若い力】2021年9月1日
JA全農の家畜衛生研究所クリニックセンターは、農家が飼養している家畜への衛生検査を実施し、疾病を予防することで畜産経営の安定と農家手取りの向上に貢献する事業を展開している。豚熱や鳥インフルエンザの多発など、畜産の現場では飼養衛生管理の重要性が改めてクローズアップされるなか、クリニック事業への期待が高まる。 今回はクリニック事業を担当する2人の獣医師を訪ねた。「畜産農家の役に立ちたい」が思いだ。
生産者の利益念頭に
クリニック九州分室
平谷寛樹さん(2017年入会)
平谷寛樹さんは2017年入会。入会後は北日本分室(当時、東北分室)に配属され、今年4月から九州分室に異動になった。岩手県野田村の実家は養豚業を営む。畜産関係に関わろうと獣医の道へ。ただ、大学では公衆衛生学の研究室で人の食中毒などの原因、予防などを学んだ。食品の衛生管理の知識が畜産など農産物の生産現場の安全性などにも役立つと考えた。
クリニックの大きな仕事は家畜の疾病の予防だ。病気で死亡すれば農家にとって利益を生まないだけでなく、処理費用も発生し経営に大きな打撃を与える。
「一頭でも病気の家畜を減らすことが所得向上につながる。より良くより早く育つように支援することが生産者の利益の最大化につながると考えて仕事をしています」と話す。
クリニックの仕事は農場からの依頼に基づく巡回から始まる。
農場からは、猛暑で餌を食べなくなっていることへの対策などの相談もある。農場を巡回し家畜の様子を見ながら対策を提案する。たとえばカロリーを維持するために飼料に氷を入れるだけで豚の食欲が回復するなど有効策もある。その農場の状態に合わせて取り組めることを提案することが大事だという。疾病の予防にワクチン接種が有効だが、一頭一頭に接種するのは農場の負担になる。
そのため経口接種させるワクチンもあるがそのための豚が水を飲む際に、同時にワクチンが摂取できる設備が必要だ。大規模な農場ではそうした設備を備えているところも多いが、家族経営農場では備えていないところも多い。そうなると口からのませるワクチンといっても結局は一頭ずつのませるしかない。
こうした場合も農場で農家と代替策を考え、実際に実施した例としては子豚の餌づけに使用する餌箱を活用してワクチンの経口接種を進めたことがあるという。
家族経営では農家の高齢化、後継者不足などの課題のほか、施設の老朽化で飼養衛生管理面で課題を抱える農場もある。一方、企業的な経営による大規模肥育農場では最近は気候変動の影響で熱射による死亡の危険など、新たな課題もある。大規模農場では畜舎への断熱材導入も進んでいるが、その年の気温によっては思わぬ事故が起きかねないという新たな課題も出てきているという。さまざまな経営それぞれに課題を抱える。

「どんな細菌やウイルスがまん延しているかも農場によって千差万別です。型にはめない、農場ごとにいわばオーダーメードで対応していかなければなりません」
一方で家畜衛生に関して農家自身が手にする情報は格段に増えた。インターネット上でさまざまな疾病の症状を画像で見ることができる。
平谷さんによればこれも農家が不安になる一因だという。農家には自分の家畜がどんな疾病にかかっているのか確かめる手段はない。対処法としてワクチンが推奨されても、どう判断するか迷う。
インターネットの普及でむしろ逆に的確な判断が求められるようになっているともいえる。クリニックの仕事は現場で検体を採取し、抗体などを検出してその農場の状態を示す。
「見えないものを検査という手段によって証明し、可視化することだと思います。家畜衛生研究所のほか、ときには全農の他の研究機関の知見や力を借りて畜産の現場を支援するということだと思います」とクリニック事業の意義を話す。
農家には検査結果を示すと同時にワクチン接種の時期なども提案する。
「どうすれば家畜の健康を維持できるか、その方法が分かると農家のみなさんのモチベーションが上がることが分かります。それによっていい農場にしていいものを作ろうというサイクルに入っていく。その後押しをしていければいいと感じています」
高病原性鳥インフルエンザの多発や、豚熱の発生など畜産をめぐっては飼養衛生管理が改めて大きな課題となっている。飼養衛生管理基準が改定されるなど、現場の農家にはその実践の徹底が求められている。
平谷さんはこうした課題に対して農家の理解が深まるような説明が必要だと強調する。たとえば長靴の履き替えがなぜ必要なのか、どこで履き替えるべきかなど、その理由を農場関係者が共有する必要がある。長靴を履き替えれば病原体の伝播をそこでシャットアウトできるといった理由が分からなければ、いつのまにか飼養衛生管理がおろそかになるという懸念もあるからだ。
「専門的な立場からの一方的な説明になりがちですが、現場で農家のみなさんの理解が深まるよう、なぜこの取り組みが必要なのかを伝えることが大切です。生産者のみなさんが安心して畜産を続けていけるようお手伝いとしていきたいと考えています」
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