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JAの活動:第42回農協人文化賞

【第42回農協人文化賞】特別賞 フタムラ式血液循環体操研究所所長 二村ヤソ子氏 レインボー体操とともに2022年2月21日

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フタムラ式血液循環体操研究所所長 二村ヤソ子氏フタムラ式血液循環体操研究所所長
二村ヤソ子氏

「レインボー体操」は「血液循環体操」です。この体操の最大の効果は、体の深い場所にある筋肉から手足の筋肉に至るまで、「全身の思いどおりの筋肉へ血液を送ることができる」こと。「レインボー体操」は、心臓に負担をかけず、動かした筋肉がすぐに温かくなる「いつでも、どこでも、だれにでも、無理なくできる」体操です。

80メートルハードルで11秒5という学生記録を樹立し、1964年東京オリンピック出場への夢が現実へと近づいた矢先、私は練習中に転倒し、靭帯断裂の重傷を負いました。1年後ギプスを外した時には、鍛え上げた足はやせ細り、長期間の固定により関節も曲がらない状態でした。足の治療の効果も現れにくい中、担当医の勧めで山梨県の湯治場に赴き、リハビリに取り組むこととなりましたが、様々な手当てを真剣に実行したものの、痛む足は専門家の施術も受け付けません。苦しい毎日でしたが、ある時、独学で学んだ医学の知識をたよりに自分で行った「こする」「振る」など「筋肉に刺激を与えること」が「薬」となることを体感し、「血液循環の大切さ」を実感をもって学んだことが、最終選考会で走れるまでに回復できたことにつながりました。

残念ながら選考ラインには0・1秒足りずオリンピック出場の夢はかないませんでしたが、以来必死に取り組んだことが「血液循環体操」、つまりこの「レインボー体操」の基となっています。

それから約20数年後、「農家の人は、肩こりや腰痛が持病のようになっているので、それを『解消できる体操』、しかも『楽しんでできる運動』がないか」と探していらしたJA共済連の方が「血液循環体操」についての新聞記事や私の出版書籍に共感してくださり、訪ねてきてくださったことが「レインボー体操のはじまり」です。

現在、「血液の重要性」はもちろん、「健康維持には、息が切れない程度の緩やかな運動が最適」との研究結果は広く認識されていますが、当時はジャズダンスやエアロビクスのような「恰好の良い、息が上がるハードな運動」が盛んでしたし、「血液」についても理解されにくい時代の流れの中にありました。にもかかわらず、「血液循環体操を」と推奨くださったJA共済連の方々には感謝しております。

「レインボー体操講習会」での指導風景「レインボー体操講習会」での指導風景

「食」は「血液の源」です。人間の体は「食べ物」で作られ、「食」により生かされています。「食べるものを作る人を大切に」しなくては、「食べるものを作る人を健康に」しなくては、私たちは生きていけません。1983年よりJA共済連の健康増進活動の一環として「JA女性組織の皆さまの心と体の健康を保つため」に始められた「レインボー体操」ですが、この取り組みに賛同し、JA共済連のご依頼を私がお引き受けした理由はここにあります。今年で39年目となるレインボー体操ですが、「食べるものを作る人を大切に」このねらいは、レインボー体操に関わり始めた当初から今も変わりません。

「血液」が全身を巡り、酸素と栄養を運んでくれるおかげで、私たちは内臓や神経、脳などの正常な働きを維持することができ、心身ともに「病気になりにくい体」を保つことができます。体中の臓器は「筋肉」で覆われていますので、「筋肉を動かすこと」で「動かした場所の筋肉」に「血液」を呼び、体の末端部分まで「血流」を良くすることができ、体も温まり、その結果が「若さ」と「健康」につながるのです。「血液の呼び鈴は筋肉」ーー健康のカギは「筋肉」が握っていますので、これが「運動が大切である」所以です。

初めて伺ったのは1982年2月、200人以上の方々が会場で待っていてくださった岩手県盛岡市の農協でした。岩手県、京都府、広島県にて試験的に実施されたレインボー体操講習会は、翌年からは全国に広まり、各地域で講習会が開催されました。その後、東北、関東、関西、九州など全国6地区の定期的な地区別研修会が、また1989年には初級者向けプログラム、中・上級向けプログラム研修も始まるなど、次第に各地域に活動が根付いていきました。講習会に伺った折に「数年前に先生に指導を受けて、腰が治った」「血圧が下がった」「下肢静脈瑠がなくなった」など、レインボー体操を続けてくださっている方のたくさんの喜びの言葉をいただけることをうれしく感じております。

コロナ禍で地域に伺うこともままならない現在ですが、このような状況下でもオンラインの活用等様々なご提案もいただき、熱意をもってこの活動に携わってくださっている皆様方にはいつもありがたく感じております。

オリンピック出場の夢こそかないませんでしたが、「レインボー体操」を介して得た多くの良い出会いは私の望外の喜びです。時代や状況に即した取り組みを行いながら、皆様の充実した毎日を支える日々の健康づくりのために、究極の健康法としてお役に立てるよう、今後もさらに努めてまいります。

座右の銘座右の銘

【略歴】
ふたむら・やそこ レインボー体操創始者。フタムラ式血液循環体操研究所所長。理学博士。1939年東京生まれ。陸上競技80㍍ハードルで日本歴代3位(1964年・11秒3)の記録を保持。八幡製鉄(現・日本製鉄)勤務を経て、中学校教諭、旧浦和市教育委員会などで勤務、NHK新しい体操創作メンバー。1983年よりJA共済連では「レインボー体操」という名称でリハビリ経験から考案した「血液循環体操(R)」を指導。著書は『病気が逃げ出す「血液循環体操」(R)』(講談社)など多数。

【推薦の言葉】
健康体操普及に貢献

二村氏はレインボー体操の創始者である。JA共済連でリハビリ経験から考案した血液循環体操の指導をしている。「レインボー体操をすれば、いつまでも働き続けることができる」と言う。女性部組織むけの、ふりつけ(イラスト)のCDもある。
JA女性部組織との関係は深い。"生みの親"であるJA共済連発行のテキストにこんな記述がある。「JA共済のレインボー体操は、昭和58年にJA女性組織のみなさんの健康づくりのために開発されました。はじめはレインボーダンスという名称で、ジャズダンスのように早い音楽で踊っていました。レインボー体操と名称を改め、いつでも、どこでもどなたでも楽しんでいただける健康体操として生まれ変わりました」。
レインボーダンスの時も含め、これまでの参加者は延べ約80万人に及び、47都道府県で実績を残してきた。

【第42回農協人文化賞 受賞21氏の「体験と抱負」紹介】

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