JAの活動:農業復興元年
【農業復興元年】家族で40haの水田守る 転作の壁超え輪作視野 埼玉県の米作専業農家 原直樹さん2023年1月12日
埼玉県春日部市の大場地区は道路沿いに並ぶ住宅が途切れると、刈り取りの終わった水田が広がる。春日部市は東京の通勤圏内にある人口23万人あまりの都市だが、宅地化が進むなかで、広い田園の風景は一瞬、東京の近郊であることを忘れさせる。原直樹さん(46)は米作農家の後継ぎとして、この地で40haを経営する米作専業農家だ。低迷が続く米価格、生産コストの高騰など多くの困難に直面しながら、米単作の大型経営を維持している。
ライスセンターを点検する原直樹さん
南関東で農業の「構造変化」
埼玉県の米の生産量は約15万5000tで、1年間の県民の消費量は約40万t。消費量の4割近くを県内産で賄っている計算になる。首都圏にあってこの数字は大きい。一方、生産者の高齢化で全国的に農地、農家数が急ピッチで減少しているなかで、農地の減少のピッチが低いのは埼玉県を含む南関東というデータがある。
中央大学経済学部の江川章准教授が2020年の農林業センサスを分析した。それによると、農業経営体(農家)と経営耕地面積(耕地)の増減率を2015年と比較したところ、全国的に農家も耕地も減少率が大きくなっている。そのなかで耕地の減少率が比較的小さいのは北海道、北陸だが、埼玉県を含む南関東が全国で唯一、耕地面積の減少率が小さくなっている。
これは、農家数は全国と同じように減少がみられるものの、南関東は減少する農地の比率が少なくなっていることを示す。特に埼玉県と神奈川県でこの傾向がみられ、江川准教授は市町村レベルまでのデータを見ないとわからないとしながらも、一定程度、農地の移動・集積が進んでおり、「農業縮小局面での構造変化が起きているのではないか」と分析する。
春日部市の原さんのような経営がその例になるのかは、さらに現地の詳しい調査が必要だが、大場地区に近いさいたま市の岩槻区、越谷市などなどでも、同じような30~40haの稲作大型経営が複数育っており、農林業センサスの分析結果を裏付けている。だが、実際の規模拡大農家の内実は、大きな機械・設備投資、労働力の不足、水利権の調整など、規模を拡大するにはさまざまな障害に直面しているのが実情だ。
温暖化で耐暑性品種へ転換進む
原さんは、この地で代々続く米作農家の後継ぎだ。大学卒業後、一時、運送会社でトラックの運転手として働いていた。小さいころからの夢だったというが、家に帰れない日が続くなど毎日が忙しくて、たまに父親の農作業を手伝って、「これならできるだろう。なによりも、毎日家にいられるだけでもよいと、最初は安易な気持ちで就農した」と振り返る。
しかし、時間がたつと米づくりは「やればやっただけ成果が返ってくる幸せな仕事だと手応えを感じるようになった」という。サラリーマンでは味わえない喜びが感じられるようになったというわけだ。「農業はいくらでもさぼれるし、いくらでも頑張れる。やればやるだけ収穫で応えてくれる。1年に1度の米づくりは、やり直しがきかない。秋に笑って収穫を迎えるには"たられば"は効かない仕事」だと、思うようになった。
その原さんは最近、将来の米づくりに関してやりづらくなったと感じている。その大きな理由は高温障害だ。平均気温の上昇によって品質が低下し、三等米が多くなった。このため、胴割れなどの高温障害に強く、西日本に適した多収性の「みつひかり」に切り替えた。「みつひかり」は民間会社が開発した極晩生種で刈り取り適期が長く、10月下旬~11月でも収穫でき、刈り遅れがあっても品質は変化せず、作業のピークの調整は欠かせない。大型経営には適した品種でもある。
ただ種子の価格が高い。原さんによると普通の品種は1kg400~600円だが、「みつひかり」は約4000円で10倍もする。10a3kgの種子をまき、10俵(600kg)の収量をあげるとして、まるまる1俵分は種子代になる計算だ。ただ、原さんは初年度の試作で10a当たり13俵(750kg)の収量をあげ自信をつけた。「仮に1・5倍の収量があるとすれば、20haの水田で30haの経営規模になる」と計算する。毎年、作付けを伸ばし、昨年は30haにまで増やし、規模拡大の一つの方向を見出した。
「みつひかり」の販売は、栽培者のグループが開拓した市場があり、安定している。また契約栽培のため価格変動の影響を受けにくく、それも田植え時期に決まるため、栽培の見通しや経営計画がたてやすいという利点もある。
麦・大豆の輪作視野 転作は水利の調整が壁にも
原さんの住む地区で面積の拡大に必要な農地はある。都市化にも負けず、代々米づくりを続けてきた農業者の高齢化が進み、水田を預かってほしいという人が年々増えている。原さんは40haの今の規模が限界だと考えている。一つは本人と両親の3人の家族農業では労力面で限界がある。原さんのほ場は車で15分以内にあるが、稲の生育期には毎日、散在するほ場の水管理をするだけでも大きな労力が必要になる。
「法人化して雇用を確保し、規模拡大も考えたことがある」というが、それには年間を通じた作業ができるように、麦や大豆の導入が必要になる。汎用あるいは専用の収穫機など、単純に計算しても初期投資は2000万円を超す。これだけの投資に見合う規模の農地をあらたに確保するのは、さらに困難が伴う。「規模拡大するには麦、大豆を入れるしかない、それでも栽培の経験のない作目はリスクが大きい」と二の足を踏む。さらに米価格の低迷、生産費の急騰が水を差した。
加えて転作による規模拡大には水管理の問題がある。麦、大豆の転作には畑地化が前提になる。そのためには全体の水を止めて畑地化しなくてはならないが、「田んぼのままで維持したい」という人も少なくない。また水利は他の自治体にも関係するため、個人ではその調整が難しい。
米作の歴史のあるところだけに農家の自尊心が強い。原さんによると大場地区には集落営農はなく、農機の共同利用組織も育ったことがないという。しかし状況は変わった。労働力不足や生産コストの高騰で状況は厳しくなっている。このため原さんは同じような問題を抱える大型経営農家やJAの青年部員の仲間とともに、JAや行政などにブロックローテーションに必要な農地のあっせんや水利の調整などの支援を働きかけている。
規模拡大には機械化が不可欠(撮影=齋藤大地)
特に長距離の自走ができない大型コンバインなどを運搬する回送車は個人では購入できない。またほ場整備による土地改良が不十分なところが多く、これも規模拡大による大型機械の活用の障害になっている。さらに転作となると畑地化することであり、もともとトラクターが埋まることもあるくらい耕盤の弱い水田が多いところだけにローテーションによる経営規模拡大には土地改良が欠かせない。
それでも原さんは、仲間を誘って、米・麦・大豆をそれぞれ50ha規模の輪作経営ができないかと考えている。それには農地の集積や水利の調整、さらには土地改良など、JAや行政の支援が欠かせない。
JAは農地の遊休化を防ぐため子会社「なんさいふぁー夢」を設立し、賃貸と作業受託で、高齢化で農業を維持できなくなった農家の農地を守る事業を行っている。かつて民間のリース会社と農機のリース事業に取り組んだが、収益に対して賃借料の負担が大きく撤退した経緯がある。
「利用と賃借料のバランスを考え農機の共同利用や、中古の農機をリースに回すなどに取り組む動きが出ている。大型経営の若い人の知恵を生かし、JAとしてどのような支援ができるか考えていきたい」(JA南彩営農支援課)と地域の農業の担い手として原さんのような若い力に期待する。
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