農地を守る直接支払い制度 日本の食料安保に不可欠 農林中金総研 平澤明彦理事研究員2023年4月14日
欧州の農業政策の動向に詳しい農林中金総合研究所の平澤明彦理事研究員は「欧州の動向と日本の農政の針路」と題し3月22日に農政ジャーナリストの会で講演した。このなかで平澤氏は基本法のなかに農業生産基盤を維持することを明示し、そのために確保すべき農地面積や食料自給力目標を掲げるべきだと提起、さらに目標実現のためには直接支払い制度導入によって営農継続を支援することが必要だと強調した。講演のうち、日本の農政の課題と基本法見直しの方向を指摘した部分の要旨を紹介する。
農地、自給力を目標に
農林中金総研理事研究員
食料・農業・農村基本法の基本理念の第一は「食料の安定供給の確保」であり、そのために「国内生産の増大を基本」とするとされているが、基本法にそれを裏づける施策は示されていない。自給率目標も基本計画で「向上」を旨として設定するとされているが、それを裏づける施策も示されてはいない。
施策として示されているのは、個別の農業経営の競争力を重視するミクロの産業政策と、水田を維持し多面的機能を発揮するよう地域政策で、「車の両輪」としているが、これを積み重ねた結果、マクロではわが国の農業生産は縮小しているのが現状だ。
求められているのは、ミクロの政策や地域政策の結果をマクロの視点で検証する仕組みであり、「農業生産基盤、とりわけ農地資源の維持」を理念に明示し、維持すべき農地面積や食料自給力指標など何らかのマクロ指標を政策目標の柱とすべきではないか。スイスでは農地面積や供給カロリーの目標値を設定し、事後に評価している。
日本は貿易自由化で安価な農産物に国内市場を浸食され、農地不足にも関わらず耕作放棄など生産基盤がぜい弱になってきた。
今後、人口が減少し食料需要が減少していくが、しかし、逆に農地を維持できれば農地不足と輸入依存を大幅に緩和できる可能性がある。そのためには土地利用型農業を立て直す必要がある。単収向上や農地集約で土地利用型作物の収益性を改善していくほか、食料安全保障や環境・気候対策としても水田や農地を維持する必要があるという観点から直接支払制度を導入すべきではないか。
EUやスイスは食料安全保障のための直接支払制度で農業所得と農地を支えている。日本は農業保護(ОECD作成の%PSE指標)に占める直接支払いの割合が少なく、土地利用型農業を中心に拡大の余地があるのではないか。
価格転嫁の問題点
一方、価格転嫁は短期的な資材の値上がりには必要だが、恒常的な価格転嫁は国産品の市場シェアの縮小につながることが懸念される。
フランスのエガリム法はステークホルダーが一堂に会して農業のあり方を検討し、生産費を反映して価格を決めるという立派な法律だが、農業大国フランスの仕組みである。EUという国境で守られ、直接支払いが本格的に導入され輸出もしている。それでもマーケットメカニズムには問題があるとして、それを是正しようとエガリム法が制定された。
それに対して日本は農産物に競争力がなく輸入が多いなか、価格を引き上げれば消費は輸入へとシフトするのではないか。輸入を自由化すれば価格は維持できないので、所得補償は消費者負担から財政負担へ、という考え方であったはずだ。
直接支払いを拡充し所得を安定させ価格を引き上げなくても済むならそのほうがよい。なぜなら国民に手頃な価格で十分な食料を供給できる政策が望ましいからだ。
価格下げて米にシフト
今後は人口減少にともない余剰水田は増えるため、土地利用型作物の再編は必須となる。おもな選択肢は麦、大豆、トウモロコシ、牧草など輸入依存品目の生産への移行だ。輸入品から国産へ切り替えるには技術開発と市場の開拓、さらに継続的な支援が必要になる。さらに食用米需要の本格的拡大をめざす必要もあるのではないか。メガFTAの実施が進み小麦価格が低下すれば、米の需要減を加速させることになるが、逆に食用米を小麦より安く提供すれば長期的には需要が米へ移るのではないか。経済格差が拡大するなか主食用米を安く提供する政策には再分配効果も期待できる。
また、論理的な選択肢としては飼料用米、飼料稲の本格的利用もあり得るが助成単価が高い。
いずれの場合もそのために直接支払いによる所得補償が必要だ。現在、日本で所得補償を行うのは、おもに貿易の自由化を根拠に関税が下がった場合に実施するというロジックだ。一方で米についてはメガFTA交渉で関税削減、撤廃から守った。だから所得補償を行う根拠がないということになっている。
しかし、現実は土地利用型農業の収益性は低く、そのことが農地の維持を難しくしている。新規就農者の多くは園芸を選択しているが、経済合理性を考えれば土地利用型農業を選ぶことは難しい。
米の場合、内外価格差が大きく、直接支払いによってその差をすべて埋めるのは容易ではないかもしれないが、何もしないで手をこまねいていると作る人たちがいなくなってしまう状況にある。食料安全保障の確立に向け農地を守るため直接支払いを導入していくというロジックで政策を組み立てていかないと、今日的課題には応えられない。それはまた土地利用型農業の生産者を確保することにもつながる。
食料安全保障の強化と、土地利用型農業の再編を考えると、個々の農業者の経営を強化し、その選択に任せるという政策だけでは限界に来ている。
あるべき農地利用、品目構成、適地適作、生産技術などについて長期展望を持って十分な時間をかけた検討が必要だ。農業者が少なくなるなか、水利システムを含む地域の合意形成も必要になる。腰を据えて考えなくてはならないと思う。
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