信頼を得る日常的な「リスコミ」が重要 唐木東大名誉教授が講演 農薬工業会情報交換会2020年2月10日
農薬工業会は2月6日、東京都内で、第19回目となる「農薬に関する情報交換会」を開き、講師の(公財)食の安全・安心財団理事長の唐木英明東京大学名誉教授が「農薬のリスクコミュニケーション─欧米の動向から風評発生メカニズムを検証する─」をテーマに講演した。そのなかでリスクコミニュケーション(リスコミ)の効果を上げるには、不安の原因と程度を把握してそれへの処理能力を高めることが大切でり、「戦略と戦術と訓練がないリスコミは失敗する」と指摘した。
講演する唐木英明東京大学名誉教授
◆食品安全基本法と「リスコミ」
日本では、食品の安全のための仕組みを定めた食品安全基本法が2003年に施行された。同法は、国際的に求められている「リスク分析」という考え方を基本とする仕組みを定めている。
同法で"リスク"とは、食品の中にハザード(危害要因)が存在することで発生する健康への悪影響が起きる可能性とその程度を意味する。
また、リスク分析の考え方とは、▽リスクの大きさを評価する「リスク評価」と、▽その評価に基づき予防・対応策を決定する「リスク管理」、および▽"関係者"──国・地方公共団体・食品関連事業者・消費者──の間で情報や意見を交換する「リスコミ」の3本柱を枠組みとするシステムのことで、それらが相互に関わり合うことで食品の安全が守られるとともに、食品安全の施策に対する理解と安心が得られるというものである。
そのうちリスコミとは、有害性やそれが発生する確率がどの程度ならば受け入れが可能であるか、またそのレベルまでリスクを下げるためにはどうすれば良いかについて、"関係者"相互の間での理解を深めて共に考えようというものだ。しかし、実際のリスクと人々が感じるリスク(認知リスク)には差があることから、リスクの"認知ギャップ"が生まれた場合には理解が困難になる。
例えば、▽自然由来の物質は安全で合成物質は危険▽有害なものがほんの少しでも入っていたら危険、といった科学的な知見に拠らない食品の安全性についての思い込みがある場合などはリスコミを難しくする要因となっている。
また、リスコミにはタイミング良く、正確で、わかりやすい表現で情報発信する体制や、各関係者がどのような情報を求めているのかを知るためのシステムづくりなどが課題とされている。
◆リスコミは戦いである
唐木氏は、リスコミについての研究者はおらず、現在、リスコミは試行錯誤の段階だと指摘。
現在、ネットには農業と食の「不安」があふれているが、その不安を把握することは簡単ではない。科学技術の発展により、化学物質、放射能など新たなリスクが出現したが、これらのリスクを人が五感で認識することは困難なため、人を不安に陥れることになる。専門家である科学者が真実を伝えているかを疑う不信感が広がっている。また、不安情報を拡散する人が出てきたことで不安と不信が広がってしまうが、それに対して対応ができないのが現状。
こうしたなかで農薬の安全性とラウンドアップに対して、科学を無視した世界規模の風評が発生した。今回の講演では、その元となった2012年の「セラーニ論文」を取り上げ、風評発生のメカニズムを検証した。
セラーニ論文は、ラウンドアップ耐性トウモロコシ(GMO)とラウンドアップで乳がんが増加したと発表した。2013年に学術誌は、セラーニ論文は実験例数が不足し不適切な実験動物が使われたと判定し掲載を撤回している。さらにセラーニ氏が2017年の論文でラウンドアップの除草成分のグリホサートに毒性はないと報告しているものの、今もラウンドアップへの風評は続いていることなどを紹介。
唐木氏は、リスコミの第一歩は情報共有であり、"情報戦争"には正しい情報を提供することが重要で、人々は正しい情報を得ることで論理的な判断が可能になる場合が多いと指摘。ただし、そうならない例もあるので簡単ではないが、情報の伝達にはメディアとの協力が必須であり、積極的にメディア関係者との意見交換会や勉強会を行うことが大切になると強調した。
ただし、リスコミだけで成功したものはない。また、国民をだましてはいけない。「安心対策」と「リスコミ」の両方を続け、人々の不安を解消し信頼を得る"日常的なリスコミ"の重要性を指摘した。
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