農政:薄井寛・20大統領選と米国農業
対日輸出増に活路を求める酪農業界【薄井寛・20大統領選と米国農業】第7回2020年7月21日
51名の下院議員がトランプ政権へ圧力
米国最大の農業団体ファーム・ビューローのジッピー・ドゥバル会長は7月8日、新型コロナ感染が確認され、南東部のジョージア州で自宅療養に入った。感染の再拡大は西部や南部に加え、中西部の農業州にも及ぶ。一部の大都市では、パスタや小麦粉、米、缶詰など食料品の買い占めが再燃した。「アメリカはコロナの第一波から抜け出せないのでは」といった悲観論まで登場している。
◆ほぼ半減した中国への乳製品輸出額
ほぼ一カ月前、6月17日開催の下院公聴会でライトハイザー米国通商代表が、「(コロナ禍で遅れている)対日通商交渉の第二弾は数カ月以内に開始される」と証言した。これへ最初に反応したのは米国の酪農団体が支援する下院議員。ウィスコンシンやカリフォルニアなど21の"酪農州"から選出された議員51名(与党共和党33名、民主党18名)が7月8日、ライトハイザー代表とパーデュー農務長官へ書簡を送り、「対日追加交渉の早急な開始」を求めたのだ。
このなかで下院議員たちは、「日本国内の増大する乳製品需要は米国酪農にとって絶大なる好機を与えるものだ」との期待感を示し、「日・EU経済連携協定(EPA)や環太平洋経済連携協定(TPP)の下、(EU諸国やニュージーランドなど米国の)競合国に供与された優先的な対日市場アクセスのために米国が被っている不利益を解消しなければならない」と指摘した。そのうえで、日本に対し乳粉やバターなど米国産乳製品の市場アクセスを最大限に拡大させるようトランプ政権に求めたのだ。
この背景にはいくつかの事情がある。一つは、米国内の牛乳消費減と乳価低迷による酪農経営の悪化傾向だ。このため、多くの州で中小の酪農家が離農・倒産に追い込まれてきた(全米の酪農家は2003年の7万375戸から19年には3万4187戸へ)。特に18~19年の2年間は、6149戸(15%)も急減した。
酪農家の減少は急速な規模拡大をもたらした。飼養乳牛2500頭以上もの大規模酪農家(酪農家全体の1.3%)が牛乳総生産量の35%以上(2017年)を占めるほどだ。しかし、1頭当りの搾乳量が微増するなか、飼養頭数は930万頭前後で維持されてきたため、米国酪農は今も供給過剰から抜け出せない。生産調整の自助努力を怠ってきたのだ。
二つ目は2014年を境にした輸出の大幅減。特に急増していた中国への輸出額が米中貿易戦争のあおりを受け、13年の7億620万ドルは19年に3億7260万ドルへほぼ半減した(表参照)。それに加え、本年1月の米中貿易交渉の「第一段階合意」で中国は20年の乳製品輸入額を19年の2.3倍、8億6500万ドルへ増やすと約束したが、トランプ大統領のその後の対中強硬政策によって実現の可能性はほぼ消えてしまった。
三つ目はコロナ禍による需要減と価格の乱高下だ。特に学校給食の停止と外食需要の減少が酪農家へ打撃を与えた。今後の見通しも暗い。農家の平均販売乳価は昨年の100ポンド当たり18.63ドル(キロ当たり約43円)から今年は18.25ドル、来年には17.05ドルへと、下落が予測されているのだ(農務省、7月10日)。
◆選挙情勢を巧みに利用する酪農団体
政治ニュースサイトのポリティコは7月9日、「(本年1月発効の)当初の日米貿易合意について、米国農産物の輸出業界は予想以上の成果だったと喧伝していたにもかかわらず、今や農業州の議員たちは対日追加交渉で(米国産乳製品の)市場アクセスの増大を要求している」と報じた。
中国への輸出減とコロナ禍による国内消費減という二重苦の救済策として、日本市場へのさらなる輸出増の要求をトランプ政権へ突き付ける。今こそその好機だと捉えた酪農団体と輸出業界が議員たちを動かしているのだ。
前記の書簡に署名した与党共和党の下院議員33名には、ペンシルベニア州選出の6名、イリノイ州5名、ミネソタ州3名など、選挙でトランプ苦戦が予想される州の議員が数多く含まれており、大統領にとって酪農議員たちの動きを軽視するわけにはいかない状況にある。
トランプ陣営はどう対応するのか。遅くとも8月24~27日にフロリダ州で開催される共和党大会までには、日米追加交渉の日程と優先分野が決まると予想される。だが、11月3日の大統領選挙までに残された交渉時間は限られてきた。注目されるのは、トランプ大統領自身が日米追加交渉の選挙前の成果にどれほどの政治的な効果を期待するかだ。
その判断には多くのことが影響するだろう。特にコロナ感染の拡大と選挙情勢がどうなるかだ。「通商交渉の個々の成果を誇示しているような場合ではない」といった選挙情勢にまで大統領が追い込まれることになるなら、追加交渉の急展開はないかもしれない。それよりも、土壇場でのバイデン撃破を狙う"オクトーバー・サプライズ(10月の驚くべき仕掛け)"が優先されることになるだろう。
いずれにしろ、「トランプ第一」で貿易交渉へ臨むような今の米国に対して安倍政権が、「ジャパン第一」の毅然たる姿勢を貫けるかどうかが日本国内では厳しく問われることになる。
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