農政:薄井寛・20大統領選と米国農業
バイデン通商政策も「アメリカ利益第一」か-農業州が次期中間選挙の鍵に【薄井寛・20大統領選と米国農業】第16回2020年12月8日
本連載の最終回はバイデン次期政権の通商政策を考える。今後1~2年の最重要課題となる2022年中間選挙対策として輸出戦略をどう展開し、中長期戦略としてのWTOルール刷新をどう主導するのかという二つの視点からだ。
米国産輸入増を迫るか、同盟国重視の外交
2年後の中間選挙を抜きにバイデン通商政策の予想はできない。今回の選挙で民主党は大統領府を奪還したが、議会選挙では上下両院の安定多数を実現できる絶好の機会を逃した。次の中間選挙で両院とも勝てなければ、バイデン公約は画餅に帰すだろう。次期政権の支持基盤は盤石ではないのだ。
民主党にとって22年選挙の主戦場はまさに中西部農業州での上院選となる。オハイオ・アイオワ・ウィスコンシンなどの8農業州で、民主党の新人候補が共和党現職議員に挑戦し、その多くを奪還しなければ、上院の安定多数の実現は困難視されているからだ。
バイデン次期大統領が今後1~2年間にこれらの州の農家へ何をアピールするのか。前号で述べた気候変動対策の「二酸化炭素銀行」も想定されるが、脱炭素農業の実践で報奨金を受け取る農家戸数の急増は期待できず、政治的効果では農産物の輸出増に勝るものはない。
次期大統領が「懲罰的な貿易手段は使わない」(11月16日)と述べたことから、米国の農業界では米中貿易戦争の早期決着と対中輸出の大幅増に期待が高まった。
しかし、バイデン次期大統領は12月2日、「(中国に対する報復)関税をすぐに撤廃することはない」と述べ(ニューヨーク・タイムズ紙)、米中貿易戦争の決着は急がないとの方針を明らかにした。関税撤廃を求める中国側がワシントンへ接近するのをバイデン側が待つ可能性が高い。次の中間選挙で民主党が大苦戦の状況に陥ることにでもなるなら、選挙前に米中首脳会談がセットされ、中国による農産物の大規模な買付合意というシナリオも想定されるが、可能性は大きくない。
それに、中国側には豚熱で疲弊した国内養豚産業を立て直すため、米国から大豆等の輸入を増やす必要があり(前号参照)、バイデン側には当面、焦る必要がないのだ。
そのため、農業州対策として次期政権は日本やEU、それに隣接するカナダ・メキシコに対して農産物の買付増を先に迫ってくる可能性がある。「国際協調」と「同盟重視」を打ち出すバイデン次期政権が中間選挙対策への"協力"を同盟国側へ水面下で求めてくるのは確実であり、米国の"後戻り"を望まない同盟国側もそれをむげには断れないと見ておくべきだろう。
また、次の日米通商交渉には米軍駐留費の負担問題も影響を及ぼしてくる。厳しい交渉のなかで、日本側の"協力"が米国産農産物の輸入増へつながることが危惧される。
具体的には、中西部ウィスコンシン州などの酪農製品や、穀倉地帯のトウモロコシ、トウモロコシ由来のエタノール、エタノール蒸留粕(DDGS)等の輸入増を求めてくることが想定される。また、酪農製品などではTTP水準以上にこだわるかもしれない。
2年後の中間選挙対策を最重要課題とするバイデン次期大統領は、「同盟重視」と言いながらも、「アメリカ利益第一」の看板を掲げざるをえないのが実態なのだ。
貿易ルール刷新の指導力発揮も狙う次期政権
二国間交渉に加え、バイデン通商戦略も要警戒だ(表参照)。公約に示された通商政策の主な柱は、(1)不公正な補助金等によって米国の製造業を阻害する国に対して強制措置を行使する、(2)気候変動および環境保護上の義務を履行しない国からの製品に対し(EUの「炭素国境調整措置」と実質的に同等の)「炭素調整賦課金」を課す、(3)企業の海外移転を奨励するような税制を正す、(4)米国の労働組合を支援するため、労働基準の無い通商協定は締結しない、という方針だ。
特に注視すべきは、「炭素調整賦課金」の導入などによる気候変動基準や労働基準重視の輸入制限措置だ。WTOルールの刷新を主導しようとするバイデン次期大統領のこうした構想には、貿易相手国の最低賃金や気候変動対策を自国の基準に近づけさせ、米国の競争力を回復させようとの狙いがある。
あくまで仮定の話だが、バイデン次期政権が気候変動対策に反する農法で生産されるような農産物の貿易に対して「炭素調整賦課金」を課すような国際ルールを提案し、アマゾン熱帯雨林を破壊する南米農業国をその攻撃対象に仕立てるようなことになれば、ブラジルから膨大な量の大豆やトウモロコシを輸入する中国は国際市場の混乱によって深刻な打撃を被りかねない。もし中国がそうした事態に陥るなら、米国農業への依存を高めない限り、自国の食料安全保障政策を維持できなくなるだろう。
中国との覇権争いと気候変動対策という戦略的な枠組みのなかでWTOルールの刷新をリードしようとするバイデン通商政策には、日本やEU諸国等のさまざまな国内政策に重大な変更を迫る可能性が含まれているように思える(完)。
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