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特集:地域といのちと暮しを破壊するTPP

2013.03.29 
【特別インタビュー】作家・森久美子さん(食料・農業・農村政策審議会企画部会委員)一覧へ

 安倍首相がTPP参加を表明した翌週の3月18日、農水省では食料・農業・農村政策審議会企画部会が開かれた。テーマは「攻めの農林水産業」――。しかし、同審議会委員で札幌在住の作家、森久美子さんはこの日、TPP参加表明で不安を募らせている北海道の農業者らの現状を訴え、「食料生産の強化に大きく貢献してきた農業を守ることも大事」と強調した。改めて思いを聞いた。

北海道からもっと危機感、発信を

作家・森久美子さん TPP交渉参加は2010年10月に当時の菅首相が検討すると言い出したわけですが、そのとき北海道は国よりも早く影響試算を出しました。それで私は食料・農業・農村政策審議会の部会でその数字を根拠に北海道のみなさんは非常に不安に思っていると訴えたんです。その場でTPPを話題にしたのは私だけでしたが、北海道はそれだけ危機感が強いと感じたからです。
 日本の食料自給率に対する北海道の寄与率は高く2割近くを北海道が担っているのに、その農業が続けられない、とくに土地利用型農業が継続できないのでは、という不安感に陥った。だからずっと北海道をあげて反対してきました。
 しかし、政権が代わっても結局その不安感が払しょくされることはなく、まして聖域なき関税撤廃が前提であるかぎりは反対だと言っていた約束が反故にされた……。みんな傷ついていると思います。困っているとか、どうしようかという前に、ある意味では見捨てるつもりなのか、という感覚だと私は思っています。

◆   ◆

 北海道農業については、とくに輪作という農業は消費者にも理解されていないと思います。日本の上白糖はほとんどがてん菜が原料ですが、てん菜が作られないと小麦や大豆、それからジャガイモの生産にも影響してきます。それが輪作です。
 日本の農産物は品質がいいからTPPに参加しても輸出をすれば大丈夫という人がいます。しかし、その農産物とはどんなイメージなのか。おいしい、品質がいいというイメージからほとんどの人が思い浮かべているのは、野菜と果物ではないでしょうか。
 一方で畑作物は、てん菜にしても小麦にしても粉になって口に入るもので、その品質がいいか悪いかはなかなか実感できない。だから国産などなくてもいいような気持ちになってしまう。しかし、北海道の小麦やてん菜の生産量が落ちると、日本全体の食料自給率がとたんに落ちるでしょう。北海道の畑作が日本の食料を支えている面があります。ところが関税で保護されなければ成り立たない農産物ならつくる必要はない、などという発言がテレビなどでも聞かれます。信じられないことです。
 おいしい野菜や果物をもちろん評価しないわけではありませんが、それをイメージして日本の農産物はいい、大丈夫などというのには大きな落とし穴がある。それよりそもそも食料とは何かをこそ考えなければいけないと思います。やはり自分の国のものを食べる。国のものしか食べなくても飢えないようにしていただきたいです。

◆   ◆

 農地は農地であるだけで人を安心させています。たとえば知床の世界遺産の美しさは、人の手が入れられていない美しさですが、北海道には美瑛や富良野や十勝、そして道東の畑作地帯もきれいだと言ってみんな来てくれていています。そこは農業があるからこそ維持されている景観であって、それが大きな観光資源にもなっています。
 植物の命を育んでいる農地の持つ生命力と畑を維持管理している人の営み、それによる美しさです。これを失うかも知れないということは農業とそれに関わる経済的な影響だけでなく、人のアイデンティに関わる影響を将来にわたって及ぼすでしょう。荒廃した土地を見たときに心がすさむ、つまり、失ってみて初めて大変なことだと分かるのかもしれません。しかしそれでは取り返しがつきません。
 これは北海道だけでなく、日本のすべてがそうだと思います。ただ北海道のように規模が大きいと本当に農地があるからこそその町のイメージがある、ということが顕著です。
 だから、北海道の農家の方たちが今、非常に緊迫した気持ちのなかで不安に思っていることは私は正しいと思います。
 北海道は特別なものだと思われるかもしれませんが、専業農家としていちばん前を歩いているのだから、その方たちが危機感を持ってきちんと発信し、農業や食料が抱えている諸問題を消費者に気づいてもらうことが重要です。
 たとえば風景を目に浮かべられないところで作られたものは食べないというのは健全な意識だと思います。何を基準に選択する消費者になってもらうか、そこを作りあげていくのも危機感が強い北海道の役目だと思います。
 単にこの地から農業者がいなくなる、ということだけで終わってしまったら、これまでのTPPをめぐる運動で訴えてきた思いや考えが正しく伝わっていなかったということになります。改めて食や地域の危機感を発信していくべきだと思います。

(プロフィール)
1956年札幌生まれ。藤女子高卒。北海学園大工学部建築科中退。放送局、映画配給会社勤務。95年朝日新聞北海道支社主催「らいらっく文学賞」入賞。以来、新聞、機内誌などで多くの連載エッセイ。02年第8回ホクレン夢大賞・農業応援部門優秀賞。現在、農水省食料・農業・農村審議会委員、北海道農業・農村振興審議会委員など務める。著書に『わがままな母親』(芳賀書店)『きゅうりの声を聞いてごらん〜食育実践記』(家の光協会)など。

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