農政:田園回帰~女性と子供たちの笑い声が聞こえる集落に~
世代を超えて共鳴 豪雪地帯に"奇跡の集落"2016年1月8日
ルポ・十日町市池谷集落(新潟県)十日町市地域おこし実行委員会
日本有数の豪雪地帯の新潟県十日町市。市の中心から東へ10数キロのところに”奇跡の集落”と呼ばれる池谷集落がある。さらにその奥にあって消滅した入山集落と合わせ、かつて300人前後の人が住んでいたが、いまは20人ほど。この集落が消滅寸前の崖っぷちで踏みとどまり、再生に向けて反転しようとしている。そこには、集落と農地を守りたいという農家の心情と、自分と子どもの将来を考え、これからのくらしを農村に求める若者との、世代を超えたつながりが生まれている。ミニ集落の挑戦が、農村の役割だけでなく、われわれの今日の生活のあり方を問いかけている。
◆大地震を契機に NPOを設立
池谷集落はJR十日町駅から国道252号線を東に向かい、国道から分かれた道を2kmほど登ったところにある。道路は整備されているが、この地域は毎年2m以上の雪に覆われる豪雪帯だ。北向き斜面の坂道は、冬期の除雪の苦労を想像させる。
数軒が散在する集落を通り抜け登り切ったところに、木造2階建ての廃校がある。NPO法人十日町市地域おこし実行委員会が事務局を置く活動の拠点だ。
池谷集落の奇跡ともいえる再生のきっかけと原動力は、このNPOと、その前段の震災復興ボランティア活動にある。
2004年、震度7の新潟中越地震。震源地に近い十日町市も大きな被害を受け、復旧支援に多くのボランティアが参加した。
その一つ、心のケアと自立への支援で国際的活動を行う特定非営利活動法人JEN(ジェン)のボランティアが池谷集落に入り、集落の人と復旧作業をともにした。
この支援活動がきっかけとなり、都会の3人家族が移り住み、2011年には2人の女性も池谷で生活を始めた。十日町市地域おこし実行委員会の事務局長である多田朋孔さん(37)はその時の家族連れだ。
多田さんは東京で会社勤めをしながら常々、都会の生活に疑問と不安を持っていた。「食料や将来の年金のことを考えると、このままでは自分の子どもや孫が生きていけない社会になるのではないか」と。
特に2008年のリーマンショックは、この疑問を深めた。「もう『何とかなるだろう』ではだめではないか。海外から食料を買わなくても、顔のみえる範囲で生活する、経済以外で価値のある生き方があるはずだ」と考えるようになった。
◆集落での生活 若者の共感
勤めていた東京の会社がJENの活動に関わっていたこともあってボランティア活動に参加。その派遣先が池谷だった。ボランティアで集落の人とつきあい、消滅した入山集落出身の山本浩史さん(64)などから、農村の生活や米づくりの話を聞くうちに、疑問に思っていたことの答えが次第に見えてきた。
「徹底して山の中だから価値がある。都会しか知らない者にとって、中途半端でない自然は新鮮で魅力がある。ここなら、めざす自給自足の生活ができるのでないか」と思った。ボランティアが終わった後も池谷に通って農作業などを手伝っていたが、妻、子どもと3人で2010年、池谷での定住を決めた。
多田さんの定住に影響を与えた山本さんは、いま十日町市地域おこし実行委員会の代表理事として活動している。集落の農家の心情を自らのものとし、外からの若い価値観の異なる移入者を迎えるという重要なポジションにいる。
その山本さんは、「米だけでは食えなくなり、昭和30年代から歯が欠けるように人口が減った。それに雪の問題もある。このままでは池谷集落も、消滅した入山と同じような道をたどることになるだろう」。入山出身の山本さんにとって、さまざまなつながりのあった池谷集落まで消滅するのは耐えられないことだった。
地震の後、集落の消滅さえ覚悟した集落の人にとって、これまで経験のなかったボランティアの若者との交流は大きな刺激になった。「自分たちだけではできないが、外の力を借りれば何とか集落を守ることができるのではないだろうか」。
多田さんは「集落と田んぼを維持したいという集落の人の強い思いを感じた」と振り返る。
その願いとボランティアの人たちの農村に対する思いが、震災翌年、集落の人を会員とする十日町市地域おこし実行委員会の立ち上げにつながった。委員会は集落ぐるみのNPO法人で、生活・行政単位である集落がそっくりNPO法人になったようなものだと考えればよい。
◆100年持続する 農村モデルを
外部から人を迎えることには、元から住む人にとって抵抗感がある。しかし池谷では、それよりも集落と農地を守りたいという気持ちが強かった。このまま何もしないと消滅が確実。外部の人の気持ちをオープンに迎え入れた。「自分が農村でやりたいと思っていることと、集落を維持したいという集落の人の考えは近い。いっしょにできる」と多田さんは思ったという。それを一つ一つ地域おこし実行委員会で試みた。
その一つが、2006年から始めた「山清水米」の直売だ。ここ十日町市は「魚沼コシヒカリ」の産地。これを池谷の湧き水と棚田で作る。ほかに棚田米のおかゆもある。湧き水と棚田という地域の条件を生かした。
「同じものをつくって生産者が競争するのではなく、それぞれ地域の特産品によって、すべての農村が共生するように」という地域おこし実行委員会のポリシーがある。年々販売量を増やしている。
現在、実行委員会では集落の人が耕作をやめた水田を管理しているが、高齢農家はいつできなくなるか分からない。
「80代の高齢の農家が病気になり、一気に面積が増えて対応に困ったことがある。そうした状況に備えた生産体制づくりが必要」と山本さん。そのうえで実行委員会は「相互扶助による循環型の社会モデルをめざし、100年持続させる展望を示す」とうたっている。
インターネットの普及で都会の情報も入り、田舎でできる仕事もある。一方、交通の便が良くなり、都会に住みながら節々で農作業を手伝うこともできる。こうしたさまざまな"半農半X"の人の「地域力」をどのように仕組むかが、これからの実行委員会の課題だ。
◆インターンで 市も積極支援
現在、池谷集落は8世帯22人で、子どもはゼロ歳から小学2年生まで5人。30代3人、50代1人、60代1人で、あとは70~80代。震災前に比べ大きく様変わりした。実行委員会の行うさまざまなイベントに、若い女性や子どもたちの元気な声がこだまする。
十日町市も、地域おこし実行委員会の活動を積極的に後押しする。同市はインターンシップ事業を行い、都会の若者の参加を呼び掛けており、実行委員会はその受け入れ組織でもある。
インターン生は、市の地域おこし協力隊や隊員のOBなどからなる地域おこしにおける外部人材「サポート人」とともに、市全域の中山間地域活性化のためのコーディネートや、池谷・入山集落での仕事づくりなどを体験する。
ほかの受け入れ団体では、集落営農、6次産業、古民家再生・カフェの手伝い、喫茶店運営など、自分にあった仕事を学ぶことができる。
その中から地域おこし協力隊員にステップアップしたり、十日町市に定住したりする若者も少なくない。現在、同市では20人ほどの協力隊員が活動している。
(写真)全員集合ー子連れの親子が増えた池谷集落の人たち、廃校が地域おこしの拠点に(左から多田さんと山本さん)、"笑顔と若さの楽園集落"めざして
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