農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
【特別寄稿】「農なき国の食なき民」経済の破綻は即飢餓2018年7月23日
そもそも「食料自給率」とはいったい誰にとってどのような問題なのだろうか?
昔、私がまだ若かったころこの問題について一生懸命に考えた時期があった。1980年代「米の部分自由化」で農村が大揺れした頃で、テレビの討論番組に呼ばれたり、新聞や雑誌から意見を求められたからである。私は懸命に考えた。そして結局サジを投げた。到達した結論は「満腹の子に躾はできない」だった。何を言っても無駄だ。
◆一度は飢えの体験必要
人間は生涯に一度は飢餓を体験する必要があると私は考えるようになった。何回も飢える必要はないがすべての人が飢えを体験すべきだ。戦後の食料難の時代に育ち中学校では弁当を持ってこれない外地引き揚げの級友たちが昼食の時間には外に出て膝を抱いて空を眺めていた姿が脳裏に焼きついている私は今でもそう思っている。百万回の説教より1回の体験である。食の大切さは理屈ではなく体で覚えさせる以外の方法はない。
いま食料自給率1%低下を話題にして耳を傾けてくれる人がどれくらいいるだろうか。農村ではどうか。都市ではいかがか? 今回の1%低下の原因が北海道の不作だとする農水省の発表が本当ならすぐに戻るのだろうが、それにしても2025年の45%目標には程遠い。食料自給率38%という数値は1993年のあの「平成の大凶作」と同じだが、今回は1%低下が社会にも家庭にも何の影響も不安も与えていないようで、相も変わらず世の中はやれ野球だサッカーだ、相撲に東京五輪とはしゃぎまわり浮かれているように私には見える。それが幸せというのならまことに平和で幸せな時代ではある。食料や農業の現状には誰も興味も関心も示さない。暗くマイナーな世界から目をそむけ明るく楽しく面白い方だけを向いてガス抜き装置に熱狂している姿を見ると日本人も変わったものだという感慨の一方で不安でもある。
(写真)農民作家 山下 惣一 氏
◆いつまで続くか「飽食」
さて、そんな時代風潮の中で「食料自給率」を考える参考に少し古いデータを引用したい。これは当時私が単行本に書いた文章の要約だ。
「私たちの住むこの国は世界226の国や地域から年間5800万tもの食料を輸入しその38%に当たる2154万tを廃棄している『飽食』の国である。そのうち家庭から出る食品廃棄物は1189万tで過半を占め、これは国民1人当たり年間100kgになる。再利用は22%で残りは輸入した石油を使って焼却されている」(輸入は2001年、廃棄は翌年の実績)
では、現在はどうなっているのだろうか。食料自給率が一定であるということは基本的には当時も今も変わっていないということである。日本の耕地面積が約450万haなのに、その2・4倍の1080万㌶もの海外の農地に依存している。しかも世界の人口は2000年の61億人から2050年には96億人に増え、それに伴って食料需要は45億tから70億tに増えると予想されている。仮に不測の事態はないと仮定しても日本だけが永遠に飽食の時代を続けるわけにはいかない。だから食料自給率を高めなければならないのである。
農水省はその必要性をPRし意識改革を促してきたし、いろいろな仕掛もつづけてはいるが「糠に釘」、「馬の耳に念仏」で食料自給率を向上させるまでには至っていない。むしろ最近はグローバルの時代に国の食料自給率などは無意味で、それより世界の平和と自由貿易体制を守ることの方が大事だとする声が強まり、農畜産物の輸出が奨励されている。輸出をすることは輸入も拒否しないということだから、国内自給率は意味を失う。この方向ではいずれ日本人は「農なき国の食なき民」になるだろう。経済が破綻すれば即飢餓だ。
◆欧州の歴史に教訓
では、同じグローバル化の時代に食料自給率を維持している国ではどう考えているのだろうか。
国内の食料は国内産で賄うという考え方はどうして出てきたのだろうか。「食料主権」という権利が容認され「食料安全保障」を憲法で定める国まで出てきたのはなぜか。
私のまったくの素人考えだが、少なくとも18世紀の大航海時代にはなかったと思われる。ヨーロッパ列強は世界中で植民地争奪に狂奔していたからである。当時、世界の7つの海を支配していたといわれる大英帝国がおよそ100年前の第一次世界大戦でドイツ軍にドーバー海峡を封鎖され、海外の植民地からの輸入が途絶えたことが各国に食料自給率の重要性を認識させたのではないだろうか。私はヨーロッパの農業視察に何回も行ったが、そのような印象を受けた。イギリスを含む5か国を回ったある時の旅でまったく同じ質問を5か国でやってみたことがある。ヨーロッパは日本の半分かそれ以下のたくさんの国が隣り合っていて、ECから始まってEEC、そしてEUと、いわば経済共同体を築いてきた。それなのに「なぜ各国で食料を自給する必要があるのか」というのが私の質問だった。対する答えはどこの国でもまったく同じだった。それはこうだ。
「ヨーロッパの歴史は戦乱の歴史である。原因は食料の争奪だった。自分の食い扶持を持つということは隣国に攻め込まないという国家の意思表示であり平和の基礎である」
食料自給率を守ることはそれを支える農業を守ることである。ヨーロッパの農政が農家に手厚いことはよく知られている。
農産物の自由化対策として「デ・カップリング」という政策を生み出したのもその歴史と思想だろう。価格は国際市場に合わせて下落させることで圏外からの流入を防ぎ、農家には所得を補償するという政策で、従来の価格を支持することで農家の所得を維持するという一体化政策を「切り離す」という意味である。これなら、農家は安心して生産に励める。鈴木宣弘東大教授によると農業収入に占める助成金の割合は、スイスが104%、フランス94%、ドイツ69%。イギリス90%(2013年、小数点以下略)などだ。ちなみに日本は30(2016年)%となっている。
国境のほとんどが山という地理的な条件や事情もあるだろう。つまり、ヨーロッパの国々にとっては農山村を守ることが国境を守ることなのである。スイスの山村の農民たちと交流したとき彼等は口々に強調したものだ。「オレたちが農業をやめて故郷を捨て、そのかわりに軍隊を駐屯させればそのコストは今の数倍にもなるのだ」。所得補償は当然のことだという口ぶりだった。いわば権利だ。
都市近郊でクライン・ガルテンのメンバーとの交流でこの話を持ち出したら「それでも農業人口は減っている。これは農家が不利だという証拠だ。改善しなければいけない」
都市の消費者がそう言うのである。私はカルチャーショックを受けた。
◆まず足元を固めて
私は日本の農政はヨーロッパをモデルにしてほしいと願ってきたが、それとは逆方向であり、先進国中ダントツに低い食料自給率はその帰結である。内閣府の「食料供給に関する特別世論調査」(2016年)によると国民の80%が「不安がある」と回答し、その原因は「国内生産の低下」である。JAグループは肚を据えてこの問題に取り組むべき時ではないのだろうか。規模の大小は問題ではない。それぞれの農業のやり方があるからだ。農家の自給、地域の自給、その結果としての国の食料自給率である。けっしてその逆ではない。
◆ ◇
さて、今年は平成最後の年だが「平成30年7月豪雨」と命名された大雨による災害が西日本一帯を襲った。農家の場合は家屋のほかに農地災害が加わる。心が折れて、もういいと投げ出したい農家も少なくないだろう。同じ高齢農家として気持ちは痛いほどわかる。しかし、くじけずに頑張ってほしいと思う。
私たちのところは台風7号が通過し大雨も降ったが大した被害もなく、5月の連休田植えのコシヒカリがいま出穂期を迎えている。耕作しているのはわずか60aの棚田である。土曜、日曜百姓の息子に「儲からなくても家族、一族の命をつなぐだけの米は作っておけ」と私は言い伝えており当人もそのつもりのようだが、その次の孫となるともうわからない。そこまで考える余裕も見通しも私にはない。
よくよく考えてみれば、私にとっての「食料自給率」、「食料安全保障」の意味とは、たわわに実った稲穂が黄金色に輝く田んぼを眺める時の安堵感のことである。
(写真)もうすぐ実りの秋を迎える
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