農政:東日本大震災10年 命を守る協同組合
【特集:東日本大震災10年 命を守る協同組合】福島の農協 復興への10年とこれから2021年3月19日
2011年3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故から10年になる。JAグループ福島はこれを記念して「復興へ10年のあゆみ NO4」を発行した。同グループはこれまでにNO1からNO3までを作成しているが、今回の冊子は、13日に開かれた「復興祈念大会」に合わせ、これまでの同県の農協全体と各農協、連合会、農青連、女性部などの活動などをまとめたものだ。ここでは、この冊子をもとに、大震災と原発事故後の福島県の農業と農協のあゆみを整理して見ておく。(取材・校正:先崎千尋※)
東日本大震災と原発事故による被害状況
地震・津波により被災された人と原発事故に伴う避難区域の設定により避難を余儀なくされた人は、事故翌年の2012年5月で県外避難者が10万8959人、県内6万2038人いたが、今年1月には県外が2万8959人、県内7220人に減った。しかし未だに約3万6000人が避難生活を強いられている。死者・行方不明者は4147人。
住宅の被害は、全壊が約1万5000戸、半壊が8万3000戸、一部損壊が14万1000戸など。
地震と津波による被害は、農地、用水路、ため池、大型ハウスやカントリーエレベーターの倒壊、損壊などがあるが、深刻だったのは原発事故による農業被害。(1)農地の広範な汚染による生産基盤の毀損(きそん)、(2)避難に伴う営農活動の休止、離農の進行、経営継承の断念、(3)農産物の作付け制限、作付け、加工の自粛、家畜の移動制限、(4)県産農畜産物の信頼とブランドの失墜(風評被害)、(5)耕畜連携・循環型農業の破壊など、多方面に大きな影響を及ぼしている。
避難指示に伴う営農休止面積は双葉町、大熊町など被災12市町村で約1万7000ha、農業経営体は5400にも及んだ。避難指示地域での家畜は肉用牛が約1万頭、乳用牛が2000頭、豚が4万頭、鶏が159万羽と県全体の12~30%を占めていた。
避難指示区域は、放射線量の強さによって帰宅困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に区分され、2014年から除染が進み、汚染度が低い地域から解除されているが、福島第1原子力発電所が立地している双葉町、大熊町とその周辺の浪江町、富岡町、飯舘村の一部などではまだ解除されていない。
農産物への影響と対応策
2011年3月17日に国から「食品中の放射性物質の暫定基準値」が発表され、基準以上の放射性物質を検出された野菜、果実、畜産物などの農産物は出荷が制限された。その後、除染や吸収抑制技術の開発普及などにより、安全が確認された地域の農畜産物については順次制限が解除され、現在では避難指示区域での生産物と野生の山菜など一部のものになった。
米については、生産者や農協などが2012年から「全量全袋検査」に取り組み、2020年からはモニタリング検査に移行した。他の農産物はモニタリング検査が実施され、これまでに24万件を超えている。
福島県の農業産出額は、震災前の2010年には2330億円あったが、震災の年は1851億円と21%も落ち込んだ。出荷制限や自粛の他、風評によって市場で買いたたかれ、消費者は購入を避けるなど経済的損失が発生した。その後価格は徐々に回復しているが、原発事故前までは戻っていない。
消費者庁の2020年の調査によると、福島県産の食品を購入していない人の理由は、「日常生活の範囲で売られていないから」が年代によって30~40%台、「放射能物質が不安だから」が10%台。店舗で売られていないということは、その店舗の棚から外されると、他の地域のものが置かれるようになり、後になってはなかなか元に戻せないということだ。
損害補償
2011年4月に、農協グループ東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会(福島県協議会)が発足し、賠償・補償の枠組み作りと東京電力への賠償請求、早期支払いを求めていった。
賠償は、風評被害と帰宅困難区域内の一括賠償の二つで、これまでに3221億円が支払われている。その内訳は、不耕作(休業補償)が全体の34%、園芸が24%、牧草を含む家畜関係が21%など。この賠償金額は震災前の農業生産額の約1・4倍になる。月に1回の請求は現在でも続けられている。
福島県の農協は、東京電力や国への要請活動も継続的に行っており、事故が起きた年の8月には東京・日比谷公園で総決起大会を開き、東電本社前までデモ行進を行った。
福島県農業の復旧・復興の取り組み-「復興ビジョン」の策定
福島県の農協は、東日本大震災の復興に向け、2012年に「農協グループ福島復興ビジョン」を策定した。徹底した放射性物質の除染によって、安全・安心な生活圏の確保を図ることを前提に、福島の農業の復興、安心して暮らせる地域社会の再生、営農とくらしを守る協同組合の再構築の三つを基本理念とし、福島ブランドの信頼回復や農業生産基盤の復旧・復興の促進などの六つを実践項目として設定している。ビジョンの期間は十年。これまでに農協が取り組んできた中からいくつかを見ていこう。
(一) 信頼回復のために
福島産の農産物の信頼を回復するには、まず安全なものを作ることだ。そのために、放射性物質の濃度測定を県内の2000地点で行った。さらに、土壌中の放射性物質濃度を下げるため、農地の表土の削り取り、天地返し、深耕を行った。果樹類では、高圧洗浄機で木の洗浄を行い、カリ肥料を散布した。
生産された農産物については、米や野菜、果実、きのこ、山菜類、牛肉に全袋、全品目、全戸検査を行ってきた。
消費者に対しては、安全性を確認できる情報を提供し、農協や青年部、女性部のメンバーが大消費地や県内各地でイベントやキャンペーンを実施した。イタリアミラノで開かれた国際博覧会にも参加し、震災・原発事故からの復興を世界に発信した。
(二) 営農再開対策への取り組み
農地や農業用水路、ため池などのハード面の復旧は主に行政の役割。がれきの撤去や防塩対策と営農再開の取り組みは農業復興組合など地域組織が主に担い、農協は水稲や畑作物の栽培、農事組合法人の設立などの援助を行った。
東日本大震災で最も農地の被害が大きかったのは宮城県だが、ほぼ復旧が終わっている。福島県では原発事故の影響で、昨年12月時点で復旧が済んだ農地面積は71.5%と遅れている。特に、福島第1原発がある双葉、大熊の両町は昨年の水稲の作付けはほぼゼロ、水田面積が最も多い浪江町でもわずか7%にすぎない。避難解除が遅れた市町村では、住民の帰還の遅れや生産者の高齢化などで営農再開も遅れており、避難指示地域の営農再開率は昨年7月時点で約32%になっている。
今後に向けて
「福島復興ビジョン」をもとに、福島県の農業は着実に前進しているが、やはり被災12市町村の帰農促進や新規参入による担い手育成が大きな課題となろう。
冊子では、今後を展望する事例として、園芸では、ふくしま未来農協管内(そうま地区)と福島さくら農協管内(ふたば地区)のネギ、タマネギの機械化栽培に取り組みなどを紹介している。畜産では、繁殖農家から子牛を預かり育成して市場出荷する事業を行っているJA和牛ファーム福島さくらや、農協が事業主体として遊休農地を活用、良質な自給飼料を供給する田村市の事例が紹介されている。
これらの事業は、農水省の「市町村を超えた広域的な高付加価値産地構想」によるもので、米や野菜の加工施設を作り、業者とも連携した取り組みなども計画に入っている。
※先崎千尋氏の「崎」の字は本来異体字です。
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