農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】提言:共生が『協生』生む――協同と協働をもたらす協生が救命につながる 浜矩子 同志社大学大学院教授2021年7月14日
行き過ぎた新自由主義の台頭での格差拡大や、止まらぬ新型コロナ感染症の拡大で社会は「風雲急を告げる」といっても過言でない状況だ。そんななかJAcom農業協同組合新聞は相互扶助を理念とする「協同社会の構築」をキャンペーンで訴えている。「協同と協働をもたらす“協生”が救命につながる」という同志社大学大学院教授の浜矩子氏にキャンペーンに添った提言をしてもらった。
有事の危機弱者に偏る
浜矩子 同志社大学大学院教授
許すな命の格差、築こう協同社会。重厚な問題提起だ。命の格差を許さないことと、協同社会を築くこととの間には、どのような連鎖と相乗があるのか。協同社会とはどんな社会か。じっくり考え進んでみたい。
まずは、命の格差問題に焦点を当ててみよう。人間の命に重みの違いがあるわけがない。どんなに清くて正しい善人であろうと、どんなに汚れて不正な悪人であろうと、人の命は人の命だ。
この認識が常識となったのは、いつからのことか。ざっくり言えば、市民革命が産声を上げた18世紀が、その起点的時代だったとみて大過ないだろう。その後の歴史的展開を受けて、1948年に「世界人権宣言」が生まれた。
ただ、万人の等しき人権に関する認識が、まだ常識になっていない国々は、いまなお、この地球上に明らかに存在する。それらの国々の数は決して少なくない。命の重さに格差なしと建て前的に宣言しながら、その実、あからさまな差別や抑圧が常態となっている国々も、数多いことは公然の秘密だ。
そして今、コロナ・パンデミックの襲来が、我々に衝撃的事実を突き付けている。それは、形ばかりの万人命平等主義を唱えるのではなく、真の命平等を貫こうとしているはずの国々においても、このような有事においては、命の重みに差が生じてしまうということだ。
非正規雇用命の危機も
感染症が広がる中で、貧困にあえぐ人々がその猛威から命を守ることは至難だ。彼らは、着用したくても、マスクが手に入らない。消毒液を常備することなどできはしない。難民キャンプに収容されている人々は、感染対策として一体何ができるのか。彼らには、「三密」の避けようがない。
富裕層なら、感染回避のために様々な策を講じられる。消毒の徹底と消毒効果の向上のために、家屋に手を入れたり、場合によっては大改造もできる。必要に応じて、高額の治療費も出せる。貧困層には、これらのことが許されない。
コロナ蔓延による打撃が経済活動にも襲い掛かる中で、多くの非正規雇用者が職を失った。彼らの生活は行き詰まり、そのことがやがて命の危機につながって行く。
リモート・ワークの環境を整えることができない彼らは、新たな雇用機会に恵まれない。立場が安定している就労者たちは、感染対策を講じながら働き続けることができる。働く必要のない資産家たちは、巣ごもりしながら贅沢な生活に打ち興じられる。資産をさらに増やすための投資に注力できる。資産なき人々には、巣ごもりするゆとりさえない。
日本でも、このところ、ギグ・ワーカー(gig worker)という言葉がかなり定着しつつある。ジャズのミュージシャンが即興的なセッションからセッションへと巡行して行くように、単発の仕事から単発の仕事へと渡り歩いて生計を立てる。それがギグ・ワーカーだ。いわばお座敷芸人型の就労者だ。
このワーク・スタイルを、自由度が高く、自分の腕だけで稼げる颯爽(さっそう)たるものだと主張する向きもある。だが、そのような颯爽ぶりを謳歌できるギグ・ワーカーはごく一握りだ。多くの人々は、定職につけないから、仕事から仕事への渡りと職場の掛け持ちで食いつないでいる。
共同と協同似て非なり
これは、力仕事に限ったことではない。事務職や技能系の職種でも、ギグ型の仕事をしている人々は少なくない。ところが、コロナ下で経済活動が縮み上がった結果、彼らギグ・ワーカーたちの目の前から、渡り先と掛け持ち職場が消え失せた。この状態が長引けば、彼らの生活と生命もまた、危機にさらされている。
特権的な地位にある人々には、様々な形での特別扱いへの道が開かれる。彼らの命は、その特権によって明らかに重みを増している。特権とは全く無縁な人々の命は、何物にも替え難く重いのに、軽んじられる。
この許し難い状況を許さず、はねのけるためには、どうすればいいのか。どうすれば、命の重みに格差がある状態を払拭(ふっしょく)することができるのか。そのためには助け合いが必要だ。そして、助け合いが徹底しているのが、協同社会だ。そう考えていいだろう。
ここで肝心なのが、協同の協の字だ。協同と共同は違う。辞書を引けば、同義語扱いになっている。だが、少なくとも、ここで考えようとしている問題との関わりでは、共同と協同は同義ではないと思う。
国々が首脳会議などを開くと、「共同声明」が出る。あれは、みんなで同じ紙にサインしただけの話だ。みんなで一緒に宣言したということだ。その宣言の実現に向けて、とこまでみんなで協同し合うかは別問題だ。どこまで、助け合いの精神が発揮されるかは、保障の限りではない。
共同生活が営まれているからといって、そこに協同があるとは限らない。夫婦が同居していても、実は犬猿の仲なのであれば、そこに協同はない。路線をシェアして共同運行を行っている航空会社同士の間に、どこまで協働精神が芽生えるか。何もしなくても、おのずと「協」の魂が宿るとは限らないだろう。
孤立よりも支え合おう
命の格差を許さない協同社会とはどのような社会か。どんな社会が、助け合いが徹底している社会だろうか。我々がお手本にできる事例はあろうのだろうか。それは、ひょっとすると、江戸の長屋社会なのかもしれない、そのように思える。
江戸の長屋の住人たちは、共同生活をしていると同時に協同し、協働していた。そのように言えると思う。
仕組み的にも、月番制度があって、冠婚葬祭をはじめ、長屋全体に関わる行事の取り仕切りを月ごとに誰かが担当することになっていた。当月の月番を、前月と次月の月番がサポートするという体制も出来上がっていた。だが、長屋生活における協同と協働の実態は、このような取り決めの域に留まってはいなかった。
長屋社会は集団的お節介社会だった。お互いに面倒を見合うのが当たり前。棟割り長屋の壁は、何しろ、薄い。だから、どの家で何が起こっているかを、住人同士がすっかり知り尽くしている。夫婦喧嘩が発生すれば、躊躇(ちゅうちょ)なく誰かが仲裁に入る。病人が出れば、すぐさま、お隣さんが看病に急行する。調味料の貸し借りは日常茶飯事。誰の家のどこの箪笥(たんす)に何が入っているかを、誰もが知っている。
このプライバシーの無さに、現代人が果たして耐えられるか。この問題はある。だが、あまりにも鉄壁なプライバシー尊重社会の中で、人々が分断され、孤立して行くことは悲しい。単に悲しいだけでは済まされない。相互無関心の中で、命がとても軽くなってしまう人々が続出するようでは、人類はパンデミックによって絶滅の危機に追い込まれて行く。
協同し、協働できるようになるためには、我々はまず共生しなければいけない。そう思う。共に生きるということだ。共生と共存は違う。協同と共同が違うように違う。人々が単に共存しているだけでは、そこに共生は生まれない。同じ空間の中に身をおいているだけでは、助け合いは生まれない。隣り合わせで暮らしていても、互いに無関心を決め込んでいるのであれば、そこに共生は芽生えない。
万人のため昇華の条件
ここでふと思う。共生あるところに、協生ありなのではなかろうか。協生という言葉は辞書にない。むろん、協力という言葉は辞書にある。その意味するところは、「ある目的に向かって力を合わせること」となっている。それはそれで納得が行く。協力し合うことは大切だ。だが、命の重みから格差を排除するためには、協力よりもさらに踏み込んだ助け合いと支え合いが求められるのだと思う。
お互いの命が軽んぜられないように、常に注意を払い合う。隣の住人の命がないがしろにされないよう、常に気を配る。そんな密着度をもつ協生の域に達した時、協同社会は万人のための救命社会に昇華する。きっとそうだ。
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