農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】提言:いのちはぐくむ 前面に 小池恒男 滋賀県立大学名誉教授2021年9月24日
地球環境の変化に注目が高まる中、農業生産の在り方にも関心が高まっている。そこで農業経済学者で滋賀県立大学名誉教授の小池恒男氏に「食と農のオルタナティブをどう論じどう広めるか」をテーマに提言してもらった。
1.世界的規模で生じている政治経済社会の三つの危機
小池恒男
滋賀県立大学名誉教授
1980年代に台頭した新自由主義グローバリズムの流れのもと、(一)貧困化と格差の拡大(二)リベラルデモクラシーの後退(三)生態系への危機的な負荷("人新世"という地質時代に突入、という三つの危機が世界的規模で進行している。
第三の危機は今、わが国の食と農にどのような転換を迫っているのか。生態系への危機的な負荷("人新世"という地質時代に突入)という点についてはより深刻な認識が求められる。"人新世"について斎藤は、「人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくしてしまった年代。人間が地球のあり方を取り返しのつかないほど大きく変えてしまった。地質学的にみれば、地球は新たな地質年代に突入してしまった。資本主義のグローバル化と環境危機の関係性をしっかり認識しなければならない」と論じている。(注1)
2020年の世界の穀物生産量は26.7億t(過去最高)。全人口の生存可能な食料を確保しているにもかかわらず飢餓人口は増えつづけている。一方で、世界で生産される食料の3分の1が廃棄され(食品ロス)、世界の温室効果ガスの約4分の1が食料システム由来とされている。これらのことを総合的に勘案するならば、アマゾンやスマトラなどの熱帯雨林を開発して農地を拡大する必然性はないし、温室効果ガスを削減して氷山や凍土を守る必要がある。
わが国に即して言えば、荒廃農地を復元して、現有する農地を最大限有効に利用し、生産基盤を強化することこそが求められるところである。
消費サイドから言えば、米の消費量に匹敵する610万tの食品ロスを削減することこそが求められているということになる。このことがまた食料自給率を引き上げることにつながる。
「みどりの食料システム戦略」に接して改めて思うのは、食料自給率の確保・向上の責務は自国の国民のためにのみあるのではなく、まさに国際的な責務としてあるということである。
2.2019-2021年という転換点ー食と農はどのような転換を迫られているのかー
2019年9月、世界400万人の若者がクライメイト・ジャスティス(気候正義)を訴え、史上最大規模の同時デモを行った。2020年にはEUが"Farm to Fork(農場から食卓まで)"戦略を打ち出し、米国もまた"農業イノベーションジェンダ"を打ち出し、21年2月には地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」に正式復帰した。
脱炭素を宣言
わが国もまた、20年10月に、「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言し、これを受けて農林水産省は『みどりの食料システム戦略ー食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現ー』(策定に当たっての考え方)を提案した(2020年12月)。
そして農林水産省はいち早く2021年度の予算獲得を目指して地域食農連携プロジェクト(LFP)を立ち上げた。つづいて、2021年8月にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と初めて断定する報告書を発表した(第6次評価報告書第1作業部会報告書〈自然科学的根拠〉)。
昨年来のこれらのフードシステムの転換にかかわる諸提案は、われわれに農業・農村・農政も歴史的な転換点を迎えるに至っていることを強く感じさせる。このときに、協同組合をはじめとするNPO法人などに問われているのは、フードシステムを動かす担い手として、さらには医療・福祉、自然再生エネルギー供給の担い手として、雇用創出の担い手として、生態系保全の担い手として、この歴史的転換にどうかかわっていくのかである。
3.オルタナティブの食と農を目指して
一般的にはすでに、アグリビジネス主導の「農の工業化」とそれに主導された食のあり方へのオルタナティブ(代替)という含意がある。このことをわが国の実態に即して、リアリティのあるオルタナティブの食と農の提起がなければならない。以下では、わが国の日本型直接支払いの充実・拡大、それをEUで言われているところのアグリエコロジーに結び付けつつ、(注2)その発展のもとでの"いのちはぐくむ農業"の広がりというオルタナティブの食と農の展開方向について提起する。(注3)
周知のように、日本型直接支払いは中山間地域等直接支払い、多面的機能支払、環境保全型農業直接支払いの三つの直接支払いからなる。中山間地域直接支払いの趣旨は、「荒廃農地の増加等により多面的機能の低下が特に懸念されている中山間地域等において、担い手の育成等による農業生産の維持を通じて、多面的機能を確保する観点から国民の理解のもとに交付金を交付する」として、「農業生産の維持を通じて多面的機能を確保する」ことを最重要の目的としている。このことに鑑み、これがアグロエコロジー(農業生態学)の実現に直接的にかかわることは明らかである。
また多面的機能支払は、名称からも明らかであるが、その直接支払いの対象として取り上げている取り組みは、農地維持支払として1.農地法面の草刈り、水路の泥上げ農道の路面維持等の基礎的保全活動。資源向上支払として1.水路、農道、ため池の軽微な補修、2.植栽による景観形成、ビオトープづくり、3.施設の長命化のための活動等があげられている。このことから明らかなように、これまた十分にアグロエコロジーの実現に直接的にかかわる取り組みと位置づけることができる。
このそれぞれの2020年度における施策の取り組み面積を全国の農地面積(437万2000ha)に占める割合でみると、多面的機能支払で52%、中山間地域等直接支払いで15%、環境保全型農業直接支払いで1.8%となっている。一方予算額という点でみると、日本型直接支払いは多面的機能の487億円、中山間地域等で261億円、環境保全型農業で25億円、合わせて773億円で直接支払い総額の8.5%、農林水産関係予算に占める割合では3.3%というものである。アグロエコロジーの基盤を支える直接支払いとしてはあまりに貧弱に過ぎるというほかはない。(注4)
ここでの提起は、日本型直接支払いいの三つの直接支払いのそれぞれのバージョンアップを図り、改めてそこにアグロエコロジーの理念を埋め込み、それをアグロエコロジーへの発展へと導き、その発展のもとで"いのちはぐくむ農業"の広がりを目指すという課題である。
(注1)斉藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書、2020年09月、4ページ、24ページ
(注2)ここではアグロエコロジーについて、「地域ごとに生息する生き物たちとそれらが展開する生命活動を育む食と農のあり方(種の多様性を育む食と農のあり方)」と定義しておきたい。五箇公一「生物多様性とは何か、なぜ重要なのか?」『世界』2021年2月号の106ページの「地域ごとに生息する生物たちとそれらが展開する生命活動システムを生態系(エコシステム)という」から示唆。また、フランスのボカージュ(畦畔林)の手入れについての考え方から示唆。農民連第24回定期大会議案(2020年12月03日)ではアグロエコロジーについて「環境に負荷をかける化学肥料や農薬を減らし、作物残さなどを再利用し、自然の循環を促進する環境にやさしい農業と食のあり方」と定義している。その上で議案では、"アグロエコロジーに挑む"と提起している。
(注3)有機農業の推進に関する法律(2006年)で定立された有機農業とは異なる概念として、「いのちはぐくむ」の"いのち"は生産者の健康といのちであり、消費者の健康と安心であり、そして田んぼに棲(す)む生き物たちのいのちすべてを包含して「いのちはぐくむ」なのである。有機とはもともと「生命を有するもの」の総称である。小池恒男『博士たちのエコライスーいのちはぐくむ農法で米作り!ー』サンライズ出版、2015年7月、21ページ。
(注4)ECの共通農業政策CAPは第1の柱の市場政策・直接支払いと第2の柱の農村振興政策とからなっているが、
第1の柱の市場施策と直接支払いが予算の四分の三を占めている。アクロエコロジーや有機農業に対する支払いである気候・環境に便益のある農業活動に対する支払「クリーニング支払い」はその主要な予算の30%を占めている。さらに加えて、第2の柱の農村振興政策においてもアグロエコロジーや有機農業への支援は、優先課題「生態系・資源・気候」への補助という形で支払われている。
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