【小松泰信・地方の眼力】全国紙は平気で嘘をつく2016年10月5日
安倍首相は9月26日の所信表明演説において、「これからの成長の主役は、地方。目指すは世界」として環太平洋連携協定(以下、TPP)の早期発効への期待感を表した。この点、すなわちTPPについて新聞各紙が9月26・27日の社説やそれに類する紙面で、どのような論評を下したかを検討するのが今回のテーマである。
岡山県立図書館にある地方紙29紙と全国紙5紙を閲覧した結果、TPPに言及していたのは地方紙19紙、全国紙2紙であった。なお、福島民友と福島民報は未着、新潟日報、岩手日報、産経新聞は両日で取り上げていた。
地方紙は、拙速なTPP発効を危惧して慎重審議を求めており、TPPに期待を寄せ早期発効を求めたものは皆無であった。
〝首相の「前のめり」危惧〟という見出しの中国新聞(27日)は、「大筋合意から1年が経過したのに暮らしに与える影響について説明が尽くされたとは言いがたい。特に農業従事者の疑問は解消されていない。農業分野の関税では、...日本の大幅譲歩が明らかになった。にもかかわらず政府は情報開示に後ろ向きで、交渉経過については口を閉ざす。加えてTPP発効に伴う経済効果や影響試算の妥当性については疑問点が残ったままだ。これでは法案成立以前の段階であろう」と手厳しく、「農家の懸念が現実となるような問題も浮上した」として、国が管理する輸入米入札、いわゆるSBSを巡る不透明な取引を指摘し、それが事実なら、新たな輸入枠が設けられても国産米価格への影響を「ゼロ」と試算してきた前提が崩れ、政府の説明の信頼性が揺らぎかねない、としている。さらに、米大統領選で、クリントン、トランプ両候補がTPPに否定的な姿勢を示しているのにもかかわらず、日本だけ先行して今国会の承認にこだわる必要はないとしたうえで、「強引な採決などもってのほかだ」としている。
岩手日報(27日)と河北新報(26日)も同様な論調でSBS問題を指摘するとともに、岩手日報は、共同通信社の世論調査で、TPPに関して7割が「慎重な審議」を望んでいることからも、「米国の動向が不透明で、政府への疑念も晴れない以上、今国会での承認にこだわるべきではない」とした。河北新報も、「与党多数を背景にした強行採決など断じてあってはならない」としたうえで、「TPP熟議国会」であることを期待している。強行採決に釘を刺しているのは少なくない。愛媛新聞(27日)が「特定秘密保護法や安保法の強行成立で見せた強引な手法を繰り返すことは、決して許されない」、西日本新聞(27日)が「与党の公明党には自民党の「行き過ぎ」を政権内でチェックするブレーキ役を期待したい」としている。
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地方紙でのこのような慎重論に対して、全国紙では発効積極論が目立っている。
「どれだけ本気で発効させたいのか。日米両国から強い覚悟を感じ取ることができない」と、檄を飛ばしているのが産経新聞(26日)である。米大統領選で民主、共和両党候補がいずれもTPP批准に反対し、発効が危ぶまれていることから、今訪米時に「安倍首相がTPPを成長戦略の柱に据えると考えているなら、米国内の保護主義の高まりに強い懸念を発信すべきだった」が、オバマ大統領と直接、発効への決意を確認する作業が抜け落ちていた、と無念さを滲ませたうえで、「自由貿易を重視し、成長につなげる意義を、首相には国内でも明確に語ってもらいたい」と、注文をつけている。さらに翌27日には、〝「数の力」を改革に向けよ〟という見出しで、「参院選勝利を経て、政権基盤はより強固になった。指導者にはその力を改革の遂行に向けることが求められる」とし、「国民に不人気な政策、痛みを伴う政策であっても必要性を説き、推し進めることこそ、安定政権に課された課題である」と再度の檄を飛ばすとともに、「TPPの発効に向け、承認案の成立にどれだけ力を注ぐのかも焦点だ」と迫っている。
やや手が込んでいるのが読売新聞(27日)である。「所信表明演説」と銘打たれたところでは、「TPPは成長戦略の柱の一つである。今国会で確実に承認すべきだ」と結論のみ。ところが、「農業とIT」と銘打たれたところでは、「日本が得意とするハイテク技術を生かし、生産性の低い農業の国際競争力を高めたい」との書き出しから、IT化が進めば、収益性が高まり農業が成長産業になり、若者や企業など多様な担い手が呼び込めて、輸出競争力も一段と引き上げられる、と春風が吹けば桶屋が儲かる的な〝IT春風論〟を展開している。もちろん、構造改革による大規模化や中核的農家への支援集中、さらには規制緩和によって企業参入のハードルを下げること、といった条件を付すことも忘れてはいない。
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地方紙と全国紙、真逆ともいえる論調、まさに〝どっちやねん〟といったところである。例えば、今回のような真逆の内容の地方紙と全国紙を読み比べたとき、地方在住の読み手は、全国紙が国民全体の総意を表し、地方紙の見解はあくまでもわが地域独特の少数意見だろう、と思うはずである。しかし、各地方の民意を丹念に集めたものが地方紙の社説となっているとすれば、国民の総意は地方紙総体にあらわれていると判断すべきである。
そのような視点から全国紙を読み返せば、そこにあるのは市井の人々の息づかいを映し出したものではなく、まったく異なる世界の住民の鼻息だけをうかがったものである。気鋭のジャーナリスト堤未果氏的に表現すれば、「全国紙は平気で嘘をつく」。
日本農業新聞(27日)のコラムのオチは「巧言令色、鮮(すくな)し仁」であった。巧言を弄する代表的政治家は安倍首相とJr.小泉。そして今回、全国紙にもその傾向があることが明らかとなった。巧言といえば、「巧言乱徳」という「表面を飾った聞こえのよい言葉は、是非を問わずに聞きいれられてしまいがちだから、道徳を乱すおそれがつよい」ことを意味する四字熟語もある。
自民党二階幹事長は27日の代表質問中に野党側からやじを受け「黙って聞け」と発言(今度は、ヤジ首相に対しても、この苦言を呈していただきたい)、その二階派総会では、福井照衆院議員がTPP承認案に関して、「西川公也先生の思いを強行採決という形で実現するよう頑張らせていただく」と、地方紙の多くが禁じ手とした強行採決を臆面もなく宣言する始末。まさに乱徳の極み。
地方紙に代表される「地方の眼力」を、謙虚に学ぶべき時が来た。
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