(024)食料と農業に関する調査研究の「他山の石」2017年3月24日
昨年秋の農業改革は、最終的に「農業競争力強化プログラム」という形でとりまとめられ、現在開催中の第193回国会(常会)にこのプログラムを実行するための根拠となる8つの法律案が提出された。
その概要は、1)新規法案として今回の農業改革の中心となる「農業競争力強化支援法案」、2)具体的実行のための既存2法(農業機械化促進法と主要農作物種子法)の廃止、そして、3)既存の関係法案の一部改正(5法律案)である。
メディアを始めとした多くの議論は、農業改革とはいうものの「農協改革」、特に全農改革に集中していたが、先に述べた2つの法律の廃止については余り議論されなかったのではないかとの感が強い。
※ ※ ※
これら2つの法律の重要性と詳細は複数の識者が指摘しているので割愛するが、それらに加え、背景の1つには公的部門と民間部門における調査研究費の負担という資金上の問題が存在したのではないかと考えられる。
例えば、種子の開発だが、伝統的育種に頼っていた時代には、優良品種の選抜を繰り返すためには最低でも10年単位の時間が必要とされた。それだけの時間と手間をかけて研究を継続するためには、短期的なリターンを求める民間企業ではとても対応できないからこそ、国の研究機関が中心となり、これを遂行してきたのである。
ところが、良くも悪くもバイオテクノロジーの進展により状況は急速に変化した。食料と農業に関する調査研究費の内訳を、米国の事例を基に見てみたい。
2013年の米国では163億ドル(約1兆8000億円)が食料と農業関係の調査研究に用いられていたようである。資金の出し手としては、連邦政府が17%、州政府が9%、民間部門が76%である。さらに、これらの資金の使い手は、農務省9%、農業系大学および公的研究機関19%、残りの72%が民間部門である。民間部門の資金の使途としては農業生産に関わる部門と食品に関わる部門が概ね半分である(注1)。簡単に言えば、現在の米国の食料と農業関係の調査研究は7割以上が民間部門中心で行われているということだ。
次に、1970~2013年までの民間部門と公的部門における調査研究費(食料と農業関係)の長期的推移を見て頂きたい(注2)。全体的傾向として、2000年以降、民間部門の調査研究費(赤の点線と実線)が急増し、公共部門(青の実践)が減少していることは一目瞭然である。これと対照的なのが国別の公共部門の食料・農業関係の調査研究費の推移を示した図(注3)であり、こちらは中国の伸びが群を抜いている。米国と中国は同時期に同じ課題に対し、全く逆の方向へ舵を切ったということだ。
※ ※ ※
さて、こうした事例から言えることは何か。
恐らく、長期的に米国の調査研究能力は低下する可能性が高い。もちろん、現段階では科学研究の成果である論文数や実業界におけるイノベーションなどで米国は世界の圧倒的最先端を走っているが、そもそも民間部門と公共部門では食料と農業の将来に対する責務が大きく異なる。
民間部門としては、具体的な利益に直結し、知的財産として保有可能なものを研究の中心にする可能性が高い。より具体的には食品原材料の加工、あるいは食品そのもの、農業分野では植物種子などである。食料と農業に関する米国の民間部門の調査研究はこうした分野が中心となるが、これは裏返せば、その他の分野が徐々に手薄になるという事でもある。
これに対し、公共部門は食料生産システム全般に責任を負っているため、環境、安全、地域、生態系など、一言で言えば目の前の利益ではなく、長期的な地域社会全体の維持のための研究も行わなくてはならない。当たり前の事である。だからといって、中国のように国家一丸となって一方向にまい進することが必ずしも良いとは思えない。国の制度である以上、研究方法や使徒についても大きな制約が課される可能性が高いだけでなく、唯一絶対的な方針は予想不可能な環境変化への対応に脆弱さが残るからだ。
さて、我が国の農業改革だが、これら両国を他山の石とすることができるだろうか。
注1:米国農務省資料。https://www.ers.usda.gov/webdocs/charts/november16_feature_clancy_fig01png/november16_feature_clancy_fig01.png?v=42676(閲覧日:2017年3月20日)
2:米国農務省資料。https://www.ers.usda.gov/webdocs/charts/november16_feature_clancy_fig02png/november16_feature_clancy_fig02.png?v=42676 (閲覧日:2017年3月20日)
注3:米国農務省資料。https://www.ers.usda.gov/webdocs/charts/november16_feature_clancy_fig03png/november16_feature_clancy_fig03.png?v=42676 (閲覧日:2017年3月20日)
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