(048)米国の農地取引と「腕の長さ」2017年9月15日
日本農業と米国農業の比較は時に非常に興味深い示唆を与えてくれる。そもそも両国は土地の規模や歴史、気候など農業生産の基本的条件が異なる以上、比較対象になるのかという議論はひとまず脇に置いて、今回は農地取引について見ていきたい。
農地(farmland)を所有という観点から見た場合、米国では農家を3つのタイプに分けている。第1は、農地所有者で実際に農業を行う人(owner operators)、第2は、自らは農地を持たず、所有者から借りて農業を行う人(operator landlords)、そして、第3は、農地所有者であるが自らは農業を行わず、農地を貸し出している人(Non-operator landlords)である。一般の英語ではlandlordsには家主や地主という意味があるが、ここは土地の賃借人のことである。以下、わかりやすいように1を地主A、2を小作人、3を地主Bとする。
ちなみに日本では古代・中世からいわゆる地主・小作関係が存在したことが知られている。日本の地主制度史については現代に至るまでに膨大な研究成果の蓄積があるが、それはとても筆者の手には負えないので、またの機会にしたい。いずれにせよ、米国の3分類を日本流に解釈すれば、1と3は地主、2が小作ということになる。
やや古い数字だが、2014年時点で見た場合、米国の9億1100万エーカー(約3億7000万平方m)の農地内訳を見ると、地主Aが61%、小作人が8%、そして地主Bが31%である。つまり、約9割が地主(うち1/3が地主B)で、小作が8%ということになる。
注意点は、地主Bの31%の中には、農地をそのままにしている人もいれば、個人や法人に貸し出している人もいるということと、地主Bの中の9割程度が、農地を取得したのは、親や親戚、知人など比較的関係が近い、現在および過去の農家から取得あるいは相続した形であるという点である。
* * *
さて、少し話はかわるが英語には「arm's length」という表現がある。直訳すれば「腕の長さ」のことである。英語での国際交渉の経験がある方にはよく知られた表現であろう。例えば、「arm's length transaction」などという表現が用いられる。これも直訳すれば「腕の長さの距離の取引」である。これは、農業分野に限らず、あらゆる分野における様々な取引について適用されている非常に重要な原則(アームズ・レングス原則という)である。
「腕の長さの距離」とは、近い距離、言い換えれば親しい距離のことであるが、内容は、固く言えば取引の当事者同士の独立性や公平性のこと、簡単に言えば近親者同士の取引でも一定の節度なり公平性なりがしっかりと守られていることを言う。ちなみに法学の用語では「独立当事者間取引(原則)」という。
一番簡単な例は、親から子への農地の相続かもしれない。親が子供に対して農地を売却する場合、心情的には近隣の市場価格よりも安く売却したい気持ちがあるかもしれないが、そこは独立した当事者としての売却が法的・倫理的にも求められるし、それを行わない場合には、通常の市場取引価格との差額を考慮し、例えば贈与税という形で公平性が担保される。企業で言えば、親会社と子会社との物品売買なども同様である。
何故、このような話をしたかというと、米国の農地取引についてのある記事の中に、非常に興味深い記述があるからだ。
"In 2015-19, just over 2 percent of land in farms is expected to be sold in an arm's-length transaction in which the buyer and seller are not related"(注1)
この文章を、そのまま訳せば「2015年から2019年にかけて、農場における土地のわずか2%強が、売手と買手が関係していない取引で売却されることが予想されている」となる。
これは、米国における農地取引もわが国と同様、その規模を別にすれば、流動化という点では極めて「薄い」マーケットであり、依然として狭い世界に留まっていることを示唆している。土地が狭い日本での農地集約は大変だが、米国でも農地取引そのものは大変だということだ。ただ、規模が大きいから我々の感覚では既に集約化されたように見えるに過ぎないのかもしれない。
注1: Bigelow, D. and Hubbs, T. "Land Acquisition and Transfer in U.S. Agriculture", Amber Waves, August 25, 2016.
https://www.ers.usda.gov/amber-waves/2016/august/land-acquisition-and-transfer-in-us-agriculture/
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
米粉で地域振興 「ご当地米粉めん倶楽部」来年2月設立2025年12月15日 -
25年産米の収穫量746万8000t 前年より67万6000t増 農水省2025年12月15日 -
【年末年始の生乳廃棄回避】20日から農水省緊急支援 Jミルク業界挙げ臨戦態勢2025年12月15日 -
高温時代の米つくり 『現代農業』が32年ぶりに巻頭イネつくり特集 基本から再生二期作、多年草化まで2025年12月15日 -
「食品関連企業の海外展開に関するセミナー」開催 近畿地方発の取組を紹介 農水省2025年12月15日 -
食品関連企業の海外展開に関するセミナー 1月に名古屋市で開催 農水省2025年12月15日 -
【サステナ防除のすすめ】スマート農業の活用法(中)ドローン"功罪"見極め2025年12月15日 -
「虹コン」がクリスマスライブ配信 電話出演や年賀状など特典盛りだくさん JAタウン2025年12月15日 -
「ぬまづ茶 年末年始セール」JAふじ伊豆」で開催中 JAタウン2025年12月15日 -
「JA全農チビリンピック2025」横浜市で開催 アンガールズも登場2025年12月15日 -
【地域を診る】地域の農業・農村は誰が担っているのか 25年農林業センサスの読み方 京都橘大学学長 岡田知弘氏2025年12月15日 -
山梨県の民俗芸能「一之瀬高橋の春駒」東京で1回限りの特別公演 農協観光2025年12月15日 -
迫り来るインド起点の世界食糧危機【森島 賢・正義派の農政論】2025年12月15日 -
「NARO生育・収量予測ツール」イチゴ対応品種を10品種に拡大 農研機構2025年12月15日 -
プロ農家向け一輪管理機「KSX3シリーズ」を新発売 操作性と安全性を向上した新モデル3機種を展開 井関農機2025年12月15日 -
飛翔昆虫、歩行昆虫の異物混入リスクを包括管理 新ブランド「AiPics」始動 日本農薬2025年12月15日 -
中型コンバインに直進アシスト仕様の新型機 井関農機2025年12月15日 -
大型コンバイン「HJシリーズ」の新型機 軽労化と使いやすさ、生産性を向上 井関農機2025年12月15日 -
女性活躍推進企業として「えるぼし認定 2段階目/2つ星」を取得 マルトモ2025年12月15日 -
農家がAIを「右腕」にするワークショップ 愛知県西尾市で開催 SHIFT AI2025年12月15日


































