【小松泰信・地方の眼力】大統領ついでの首相 SDGsって知ってる 2018年1月31日
「全ての国の利益になるならば、TPP参加国と多国間で交渉することを検討する」(1月26日、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会にて)、「以前に結んだ協定に比べ、米国にとって、とても良い内容になるならばTPPをやる」(25日、米CNBCのテレビインタビューにて)と述べたのは、彼の国の大統領。これを受けて、「いいんじゃない」と答えたのは、此の国の首相。
◆条件付きではあるが、もちろん歓迎の全国紙
2017年11月15日の当コラム「CPTTP大筋合意が教えていること」で伝えたように、CPTTP(包括的および先進的な環太平洋連携協定;通称TPP11)やTPPに期待を寄せていた全国紙は、TPP復帰に言及したトランプ発言を歓迎している。
"突如「TPP再検討」 変心か乱心か"などの見出しで、ややセンセーショナルに取り上げているのが日本経済新聞(27日)。もちろん、「米国が再び加われば、21世紀型の自由貿易体制づくりに勢いがつく」と、うれしさを隠せない。「真意は不明」と慎重な姿勢をとりながら、「米国第一主義」を前面に協定見直しを強く求める可能性もあるが、「...中国をけん制しつつ、日米主導で21世紀型の貿易ルールづくりを主導できる」とする。
さらに、この表明の背景として、米産業界の焦りを指摘する。CPTTPという米国抜きの自由貿易圏が正式に誕生すれば、米製品はアジア市場で足場を失いかねないことに危機感を募らせた共和党の支持母体(商工団体や農畜産団体)が、TPP復帰を求めたことなどから、今秋の中間選挙をにらんだ方針見直し、という読みである。
産経新聞(28日主張)も、「TPPを一切認めないかたくなな姿勢を改めるなら、米国復帰を望んできた参加各国にとって歓迎すべき兆候だといえる」と歓迎の意を表しつつも、「見極めねばならないのは...真意だろう。...再交渉への期待もうかがえるが、自国の都合で協定をねじ曲げるような発想なら、簡単には応じられない」とする。CPTTPの発効を最優先し、「米国の復帰は、12カ国全てに経済的恩恵をもたらそう。中国が存在感を高める中、自由で公正な経済秩序を確立する戦略性も高まる。トランプ氏にそれを思い起こさせるのも日本の役割」と、政権の背中を押す。
毎日新聞(27日社説)も、「復帰すれば、地域の安定と発展の基軸になるはずである」と歓迎する。ただ、「日本にも農産物などの一段の市場開放」を迫ることなどを引き金に、紛糾や自由化の後退を避けるために、「まず11カ国での発効を優先させ、基盤を固める。その上で米国を説得し、復帰を働きかけていくべきだ」とする。
読売新聞(28日社説)も歓迎しつつ、「留意すべきは、2国間の『取引』を重んじるトランプ氏の持論の変化は期待できないことだ。...貿易赤字を否定的に捉え、国内の産業を死守する姿勢が維持されるのは間違いない」として、大統領に「『米国第一』は米国の孤立を意味しない」という自らの言葉の実践を求めている。
朝日新聞(29日社説)も歓迎したうえで、「日本にも農産物などでさらなる市場開放を迫ってくるだろう」「再交渉になれば、まとまらない恐れがある」などを危惧する。「まずは署名、そして発効に向けた各国内の手続きを急ぐべきだ。11カ国としての足場を固め、まとまって米国と向き合うこと」を強調するとともに、大統領の説得を安倍首相に期待している。
◆変心でも乱心でもなく確信
毎日新聞(30日)によれば、首相は29日の衆院予算委員会で、トランプ氏の復帰言及について「言及は歓迎したいが、(米国を除く11カ国による)TPP11ですでに合意した。(合意は)ガラス細工のようなもので、変更は考えていない」と述べた。見出しにも、"TPP11再交渉否定"と記されている。しかし、記事の最後が大切である。安倍氏は、「ただ『米国側から具体的な発信がなく、話は聞いてみたい』と語った」、そうである。話を聞いて、どうするおつもりですか。
全国紙はすべて、TPP11すなわちCPTTPの枠組みに収まるという条件付きで復帰を歓迎している。しかし、その枠組みにすんなり入る御仁でも、国家でもないことは皆が承知していること。日本経済新聞の見出しを下敷きにすれば、変心でも乱心でもなく、当初のシナリオ通りの確信犯的な発言であり、揺さぶり。安倍首相が盟友面して説得に当たっても、逆に懐柔されて、関係諸国への説得に当たらされるのがポチを待つオチ。それもシナリオに書かれているはず。
◆危機感を募らせる日本農業新聞
危機感を募らせた日本農業新聞は、27日の一面で"再交渉入り応じるな"との見出しで、解説記事を載せている。
「日本政府内からは歓迎の声が相次いだが、...『米国第一』の条件付きだ。真意や実現性は不透明だが、再交渉に応じれば、農産物や自動車などを巡って米側が日本に深掘りを要求するのは必至。拙速な再交渉入りは避けなければならない」とする。「(米国にとって)はるかによい協定になるならば」とは、「日本をはじめ他国にとっては、より不利になるということだ」と、正論。「...政権として安易な歓迎は禁物だ」として、「日本政府は交渉入りに応じるべきではない」と、念を押している。
さらに29日の論説においても、「再交渉は毅然と拒否を」という見出しで、「米国第一主義」の看板まで下ろすことは絶対にないので、「安易な歓迎ムードは禁物だ。まして協定の再交渉などあり得ないことだ」とする。しかし政府内も経済界も歓迎ムードであることや首相の軽い軽い「いいんじゃない」発言を伝えて、「現状でも日本の農業への大きな打撃が懸念される。これ以上の譲歩を誘発しかねない再交渉は、毅然と拒否しなければならない。同時に、日米経済対話でトランプ大統領の機嫌をとるような譲歩も許されない」と、断固たる主張を重ねている。
◆求められる経済主権の貫徹とSDGsに基づく通商政策の構築
止めどなく降りかかる火の粉を払いのけながら、長期的展望に立ったいかなる政策提言が求められているのだろうか。
しんぶん赤旗(31日)は、「...TPPを離脱するのも復帰するのもアメリカ第一のためです。...譲歩を迫られるのは目に見えています」とし、「TPPの"復活"交渉はきっぱり中止し、各国民の暮らし、食料主権、経済主権を互いに尊重する公正・平等な貿易と投資のルール作りをめざすべきです」として、"経済主権"の貫徹の提起。
日本農業新聞(21日論説)は、「自由貿易一辺倒の安倍政権に注文する。その道は、国家間の摩擦を激化させる道である。一部の多国籍化した産業は潤うかもしれないが、所得格差を拡大したり、地方産業が衰退したりすることは国内の状況を見ても明らかだ。自由貿易の幻想にこだわって国土を荒廃させるような政策を続けてはならない。通商政策を見直す時である」と、鋭い指摘。
それは、飢餓の撲滅や貧困の削減など国連が2015年に決めた「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals;略称SDGs)に基づく、「自由と均衡を調和し、各国が持続可能な貿易のルール構築」を意味している。
恥ずかしながら、当コラムはこれらの指摘に刺激されたばかりである。長期的展望に立った通商政策や農業政策が求められているのは紛れもない事実である。荷は決して軽くないが、自らの宿題の一つとしたい。今回は少し謙虚に......
「地方の眼力」なめんなよ
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