栗ご飯・栗タマバチ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第363回2025年11月6日

季節の果実・栗の実の話を続けさせてもらおう。
1954(昭29)年、大学に入学して故郷山形から仙台に来てからの私は栗を食べるなどということはほとんどなくなった。寮生活、続いて自炊生活だったからなのだが、しばらくぶりに食べたのは結婚してからだった。宮城県南の農村部にある家内の実家の山畑に栗の木が二本あり、その実を秋になると家内の母が持ってきてくれたからである。しかも皮をむいてである。その夜のご飯は当然栗ご飯だった。
でも、不作だったり、盗まれたりするとアウト、食べられない。家内にとっては子どものころ秋に毎年食べていたものなので、食べないと落ち着かないようで、生栗もしくは栗の瓶詰を買ってきて栗ご飯をつくった。
25年前の私の東北大定年退職・東京農大生物産業学部再就職で北海道網走に引っ越してからもそうだった。家内の実家から送ってくると、栗ご飯をつくったものだった。さらに熊本県産の栗もわが家にまぎれこんでくるようになった。しかも大量、栗の質も本当にいい。研究室の助手をしていた渡邊麻由子さん(本稿にも以前登場してもらったことがある、残念ながら十数年前に亡くなられた)が熊本出身のご主人の実家から大量に送られてきたのでおすそ分けだとわが家に届けてくれるのである。それで家内は嬉々として栗ご飯をつくったものだった。
それをまず朝ご飯で食べ、それから私の昼の弁当に入れる。同時に、重箱に詰めて私に持たせる。昼食時に研究室の院生や学生に振る舞うためである。珍しい、なつかしいとみんな喜んで食べてくれる。
さらに家内はいつもお世話になっているお隣のSさんの家に届ける。Sさんの娘さん二人は私の幼い孫二人と同年代、孫が網走に来るといつもいっしょに遊ぶ仲になっているということもある。北海道の北部、東部は栗のとれないところ、栗ご飯など食べたことがないらしく、とっても喜ばれる。これが毎年の恒例になっていたのだが、網走を去る年度の秋晩く、朝早く家内ができたばかりの栗ご飯を持ってお隣に届けた。玄関先でそれを渡すとSさんの奥さんが腹をかかえて笑って言う、「実は昨晩、娘から『栗ご飯を食べたくなったのでT君(孫の名前)のおばあちゃんに頼んでちょうだい』と言われたばかり、それが今朝届くとは、何とタイミングのいいこと、声が聞こえたのかしら」と。家内もいっしょに大笑いをしたということだが、翌年は私たちが定年退職で仙台にもどったので、ご馳走できなくなってしまった。
仙台に帰ってからも毎年栗ご飯を家内がつくる。ただしさっき言った家内の実家の事情があって送られて来ない年があり、また渡邊さんとも離れてしまったので熊本産の見事な栗(調べてみたら熊本は茨城に次いで第二位の栗の生産県なのだそうだ)も手に入らない。そういう年には生協ストアにたまに並ぶ生栗を買う。そのときの問題は生栗の皮むき 渋皮むきだ。家内は包丁を手にこたつに入り、新聞紙をこたつの上に大きく広げ、ゆっくり時間をかけてやる。大学勤めのなくなった私も手伝わざるを得ない。しかし生来の不器用な私のこと、家内の三分の一の能率までいけばいい方、でも猫の手よりは役に立つ。こうやって苦労してむいた栗をご飯といっしょに炊き込む。あるいは餅米といっしょに蒸す。できあがりは本当にいい匂い、それにごま塩をかけて栗とご飯の甘味を引き出して食べる。
なお、家内の実家の栗は実が小さい。だから皮むきが大変なのだが、家内に言わせるとこれは「柴栗」だからだという。これは「山栗」とも呼ばれ、山野に自生している栗の木がこれである。これに対して山形の私の母の実家の栗や売られている栗の実は大きい。渡邊さんからいただく熊本産の栗も見事な大きさだった。これは栽培品種であり、柴栗はその原種だとのことである。
このように栗には野生種と栽培種があることは知っていた。しかし、栽培種は庭園果樹として屋敷内に植えてあるだけで、畑でつまり樹園地をつくって栽培するなどということはないものと考えていた。栗拾いなどは山菜採りと同じく山に行って野生の栗を拾うことを言うと思っていた。自分の小さいころからの体験から、またとくに栗の育ち方に関心をもっていなかったことからくるのだが、そうした先入観念が間違っていることを知るのは、かなり遅くなってからのことだった。
1969(昭44)年の夏、山村振興調査で秋田県の田沢湖の西部にある西木村(現・仙北市)に行ったときのことである。役場の方との雑談で西木村という名前は西明寺村と桧木内村と合併してできたさいに両村の名前から一字ずつとってつくったものだ、この西明寺は実は全国の栗産地で有名なのだという話をしてくれた。「西明寺栗」が日本の栗をクリタマバチから救う大きな役割を果たしたからだというのである。それはこういうことである。
1940(昭15)年代に中国から侵入したクリタマバチ(クリの新芽に虫こぶを作る害虫)が日本各地に急速に分布を拡大し、秋田県に侵入した1950年代には「日本の栗は全滅か」とまで言われるようになっていた。栗の栽培が県内でもっとも盛んだった西明寺地区も壊滅的といわれるほどの打撃を受けた。しかしそこであきらめなかった。クリタマバチの被害を受けた栗園のなかでまったく害を受けずにそのまま残っていた木、つまりクリタマバチに強い木を選抜し、それを育成して被害をなくそうとしたのである。それは成功し、「西明寺栗」と名付けられたこの品種は全国に有名になり、同時にそれに学んで各地でクリタマバチ抵抗性品種の選抜育成に取り組むようになったというのである。
まったく知らなかった。もちろんクリタマバチの名前は聞き知ってはいたが、当時の私の研究テーマとは直接関係がなかったし、調査研究も始まったばかりでまだまだ視野の狭かった頃だったからやむを得なかったとは思うが、それにしても勉強になった。
また栗が畑で栽培されていることも知った。それでも、こうした栗園は山村にしかないものと思っていた。平地で大規模にやっているところをまともに見たのはそれから10年くらいして、茨城県でだった。もちろんそのころは茨城県が日本一の産地だということは知識としてはあったが、まともに平地に栗の園地が広がるのを見るのはそのときが初めてだった。さらにその後、宮城県にも栗園があること、それも製菓会社が営んでいることを知り、また農家が新たに造成した園地があることも知った。
一方、ちょうどそのころは自給自足的家庭果樹がなくなるころであり、柿と同じく栗も屋敷内から消えていった。それと同時に、昔の私たちの体験した栗の食べ方もなくなっていった。
これはちょっと寂しいが、栗饅頭や栗羊羹などの和菓子や洋菓子にも栗が使われてお菓子やケーキ屋さんにその昔以上に並んでいるのはうれしい。
秋になると生協ストアの店頭に秋の果物といっしょに生栗が並ぶ。年末になると甘く煮た栗がビニール袋に入って売られる。正月料理の栗きんとんにでも使うのだろうか。何かほっとする。ほんの一時期、量もたいしたものではないが、まだこれを買って家庭で料理に、おやつに使っている人がいると思うとうれしい(東京のスーパーでは売っているだろうか、まだ見ていない)。
ちょうど同じころの秋から冬にかけて、「天津甘栗」が店頭にたくさん並ぶ。シロップをかけて石焼きしたものらしいが、皮が簡単にはがれ、また非常に甘いので、おやつには最適、ついつい手が出てしまってたくさん食べてしまう。この名前からわかるように中国産であり、品種も日本の栗と違う。またこれは果実というよりお菓子として食べていると言っていいだろう。つまり日本の栗とは異なるものと考えていいのではなかろうか。だからこれはこれで食べていいのだが、これを日本の栗の代用にはしてもらいたくない。やはり秋になったら日本の栗を日本流のやり方で食べてもらいたい(もちろん新しいさまざまな食べ方があっていいが)。でも、今はいろりのない時代、栗を焼いて食べるなどということはできなくなっている。それが淋しい。何とかできないだろうか。
青森県の三内丸山遺跡からの出土品の分析で、縄文時代には栗が栽培されており、主食でもあったということことが20世紀末にわかったのだが、このように何千年も前からの伝統のある食材であり、また山村等では最近まで重要な食材であったこの栗を私たちの食に改めてきちんと位置付け、各地のさまざまな食べ方を後世に残し、わが国の古代からの栗にかかわる文化を維持発展させていく必要があるのではなかろうか。
こんなことを言いたくなるのは時代遅れの年寄りになったからなのかもしれないが。
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