JAの活動:米価高騰 今こそ果たす農協の役割を考える
【特別座談会】米を通じ農再興 「令和の米騒動」をきっかけに (1)2025年11月4日
米価高騰が続くなか、米の需給の安定とともに、水田農業政策の見直しが今後農政の大きな焦点になっていく。現状をどう見てJAグループはどのような役割を果たしていくべきか、地域農業の持続的な振興策、消費者との連携、次世代のための「食農教育」などをテーマにJA茨城県中央会会長でJA全農副会長の八木岡努氏、東京農業大学副学長の上岡美保氏、文芸アナリストの大金義昭氏の3氏が議論した。
【出席者】
JA茨城県中央会会長 八木岡 努氏
東京農業大学副学長 上岡 美保氏
文芸アナリスト 大金 義昭氏
JA茨城県中央会会長 八木岡 努氏
丁寧な現場発信 食見直す弾みに
大金 「令和の米騒動」といわれる昨年来からの米価高騰は、国民の主食である米の需給調整や流通などへの国の関与を弱め、もっぱら市場原理に委ねてきた米政策の当然の帰結です。にもかかわらずJAに対する悪玉論がまたぞろ流布し、メディアの多くも問題の本質を突こうとしてきませんでした。
深刻化する格差社会や諸物価高騰で実質賃金が低下してきた消費者の生活苦、再生産価格を下回って赤字に転落してきた生産者の苦境、そしてひっ迫する米の需給不均衡への対応を誤ってきた失政のツケを生産・消費・流通の現場に転嫁することなど言語道断です。
そこでまずは「令和の米騒動」をどう見てきたか、八木岡さんからどうぞ。
八木岡 「令和の米騒動」の最大の収穫は農業と稲作について過去にない注目が集まり、さらになかなか伝えきれなかった農家の苦悩の一端を社会に伝えることができたことです。
米の値段だけでなく米の品質、さらには輸入米も含めて毎日どこかで報道されているというのは私たちも初めての体験でした。そのなかで的確な情報を流さなきゃいけないわけですが、そこがJAグループは下手だったなと思います。
ただ、今回の経験を通じてマスコミという存在が敵にも味方にもなることを改めて思い知りました。まずJA悪玉論の口火を農水大臣が切り、一斉にJAたたきの様相になりました。これはなぜなのか、冷静に分析して改善すべきところが多々あるなと思っています。
一方で丁寧な説明によって時間とともにマスコミも市民も味方についてくれるように変化していきました。
私がJA全農で提案したのは中央での対応には限界があり、それぞれの地域で、それぞれの状況や実態に合わせた見解をメッセージとして出していこうということでした。そうしたら都道府県会長やJA組合長が自分たちの現場から事情を話し始めた。これらの話はすごくリアルに伝わったと思います。
日本は南北に長く、中山間地域もあれば茨城県の南西部のように広々とした農地が広がる地域もあり、農業事情はかなり違っています。自分たちの場所からそれを伝えることが大事だということです。とはいっても今回の騒動のダメージはかなり大きい。政府とともに正しい米生産のあり方を急ぎ描く必要があると考えています。
大金 米生産の現場にとっては思わぬ展開が起きたということですが、「食農教育」を研究されている上岡さんはいかがですか?
上岡 食料・農業・農村基本法が25年ぶりに改定され、食料安全保障の確保が新たな柱の一つとなりました。
食料自給率の問題でいえば、これまでは分子の部分しか見てこなかったのではないかと思います。その分子の部分とは、国内生産基盤の強化ですから、いま語られている大規模化やスマート農業の導入などで、それが大事なことは分かりながらも、消費者がどう行動しなければならないかということに関してはあまり触れられてきませんでした。それが今回の改正で、消費者の理解醸成の重要性、さらに消費者の役割が明記されました。
私としてはその点を評価していますが、一方で、これまで農業や食料、その先には環境問題が顕在化するなかで、私たち消費者は圧倒的に農林水産業にかかわってこなかったということが非常に大きな問題だったと思っています。
ですから今回の騒動を、消費者自身が改めて「食」というものを見直すきっかけにすべきだと思います。海外から輸入すればいいではないかという風潮できたわけですが、気がついたら、農家がいない、作る人がいないということにやっと気づいたということです。
今回の米騒動の背景には、気候変動や資材価格高騰などの問題もあり、農家の皆さんが再生産できる所得について消費者も理解しないといけないということだと思います。同時に農業や農村には「多面的機能」があり、それによって、いかに地域を守っている産業なのかということも消費者がもっと理解すべきだろうと思っています。
備蓄米施策 慎重さ欠く
大金 米価高騰の問題から、その背後にある「食と農」の問題を見ていかなければならないということは、ピンチがチャンスでもあるということですね! 2025年産米も含めて今後の米価の見通しや価格安定対策については?
八木岡 政府備蓄米の放出、とくに5kg2000円程度での販売を意図した随意契約による放出は市場価格に大きな影響を与えてしまったと思います。販売は8月までと期限を決めていたのに延長し、しかも思い通りに消費者に届くはずもない小売りに販売するというイレギュラーな流通を無理強いしたことで精米できないという問題を起こし、通常流通まで混乱させてしまった。
そうしたなかで24年産米を相対取引で高く買った業者が売り切れず、25年産米にそれよりも高い価格をつけて産地で買う業者がいることから、市場価格の高騰を生み、その結果、JAの概算金も集荷量を確保するために上げざるを得なかった。買い取り業者は新米で売れる分だけ高額で確保すればよくても、JAの場合は1年を通して売っていかなければなりません。しかも学校や福祉施設、自衛隊などへの供給やお弁当、外食チェーンなどに年間を通して提供している米も多く、備蓄米の放出と25年産米の増産見込みでこれから過剰感が出ることになればJAは大変に苦労することになります。
なんとか26年度に向けて正常な需給に合わせた生産に戻さなければなりません。一方で資材費も人件費もすべて高騰しているなか、持続可能な価格に対して理解を得ることができなければ農家はリタイアしていきます。価格安定対策として政府が主導し、生産者と消費者の双方が納得する価格の形成をめざして、コスト指標の作成などの議論が始まりましたが、これが実現したとしても再生産、さらには再投資が可能となる価格水準になるかは分からず、やはり溝ができると思います。その溝を埋めるのが税金だと思います。
生産者側が生産コストを提示しても、買い手となる大手スーパーなどは別の論理で価格を決定します。これが市場に委ねるという現実であり、「令和の米騒動」でもこのことが明らかとなりました。農産物、とくに主食の米と工業製品を同じレベルで考えてはならないと改めて思います。
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