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コラム:リレー談話室・JAの現場から

【JCA客員研究員 伊藤 澄一】

2018.07.16 
【リレー談話室・JAの現場から】超高齢社会の地域包括ケア一覧へ

◆二つのケア

 15年ほど前の話になる。永年にわたって地方議員を務めた恩師の自宅を訪ねた。病気で横臥する79歳のTさんは、「最期の会話だね...」と小さな笑顔をつくった。身体を起こすと、かねてより思いえがいた自分らしい最期を迎えたいと口にした。人生をふり返り、生涯を支えてくれた奥様や医療技師の息子さん、故郷の皆さんとの会話をきちんと交わし感謝を伝えて、自分の死を死にたい。
 人生の最初で最期のできごとをそのように確認しながら、いま話題となっている「スピリチュアルケア」も経験したいと。スピリチュアルケアとは、死を前にした病にあれば、人生の意味づけやこころとからだの癒しに配意した医療・介護、関わりのある人々のサポートをいう。
 Tさんは回復困難な病を抱えて迎えた最期であった。地域にはJA厚生連病院があって、地元かかりつけ医との連携もよくて、自宅で身体に負担の少ない緩和を旨とする訪問診療を受けていた。家族の寄り添いに加えて地域の皆さんのこころ配りもあって在宅でのQOL(生活の質)を維持していた。今日でいう「地域包括ケアシステム」のもと、さらに人生をふり返り締めくくるための「スピリチュアルケア」のさなかにあったのだと思う。

 

◆ケアしケアされる

 かつてわたしや妻、兄弟家族も父母たちの最期となる前後の日々を、幾多の思い出と涙とともに過ごした。JA厚生連病院では医師や看護師に親切にお世話をいただいた。ご近所の方々には、日常生活の孤独をなぐさめ合うお茶仲間として、声掛け、ちょっとした買い物や身の回りの世話、ときに田畑の耕作などで助けてもらった。
 お互いの身体の不具合を報告し合って、年齢のせいにする。お相手の手となり足となり、ときに口となり耳となり、めげるこころを励まし合うことで、ケアしケアされる。それが日々のおつき合いだ。いつか自分たちも逝く道なのだと思いつつ、不自由を軽減し合ってきた。
 最期に残った母を私のもとに呼び寄せようとしたときは、「ありがとうね」と言って終(つい)の棲家を動くことはなかった。そこには思い出が残されているのだ。
 地域包括ケアは、高齢を迎えた「私」とつながる過去・現在・未来の人々との相互依存、相互扶助、協働・共同・協同の総動員の生活支援システムだ。よく生きて、よく逝(い)くための、こころが鎮まるようなスピリチュアルな補完関係を目指す。すべてが終わり、お別れにお見えになる方々は、「私」を助け、あるいは「私」が助けた人々であり、家族のようなサポーターの皆さんでもある。

 

◆日本社会のテーマ

 訪問から1年後、家族のもとで穏やかな最期を迎えたTさん宅を弔問した。庭がきれいな自宅で、春は木々の芽吹きの鮮やかな黄緑に厳しい冬を忘れ、夏は蝉の鳴き声に少年時代に遊んだ野山を想起し、秋は椛の色づきに父母や友人・恩師の言葉を反芻し、冬は風に舞う粉雪に成した仕事を思う、そのように過ごしたという。訪問客とはお茶を飲みながら思い出話に花を咲かせた。
 自宅での最期は、孫たちにも見てもらうためとのこと。今は8割が病院で亡くなり、60年前は8割が自宅だ。Tさんの選択は国が誘導する在宅での療養・介護であり、地域包括ケアの望ましい先例でもある。
 日本は子どもの出生数がついに100万人を切って95万人となり、後期高齢者数が前期高齢者数を上回るなど高齢者の高齢化が進む、異常なまでの少子高齢社会となってきた。地域包括ケアは、高齢者それぞれのQOD(人生のクローズに向けた生き方)を高める社会的なサポートシステムでもあるが、それを支えるのは若い専門職員たちである。
 さらに家族のかたち、地域の力、自らの生き方、最期を迎えるこころの準備など、10地域10様、100人100様となるだろう。高齢から終活にかけての長い年月を二つのケアがどのように関わってくるのか、日本社会の眼前にある大きなテーマである。

 

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