【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第16回 家族ぐるみの厳しい労働2018年8月23日
二十数年前になろうか、仙台でタクシーに乗ったとき、私と同じ50歳代(当時)と思われる運転手さんと昔話になった。山村生まれだという運転手さんはこんな話をした。
子どもの頃、田畑仕事はもちろん山仕事も手伝わされた。忙しいときは学校を休まされた。それでも朝こっそり家を抜けだして学校に行く。すると、学校から帰ってから親にさんざん怒られた。手伝いたくないから、遊びたいから学校に行ったんだろうと。実はそうだった。友だちと遊びたかった、だから学校に行くのが楽しかった。ところが今は逆で、学校に行きたくなくとも行けと親は子どもたちに言う、おかしな世の中だ。そう言って彼は笑う。
当時はまさに子どもは労働力だった。子どもには子どもの仕事があった。小学校に入る頃から仕事が与えられる。その仕事は年齢に応じて変わり、一つずつ増えていく。大人はもちろん、子どももそれが当たり前と思って働いた。
学校もある程度はそれを認めた。田植え休みや稲刈り休みをつくって家の仕事の手伝いをさせたし、弟妹をおんぶして学校に来ることも許した。
老若男女どころか老幼男女、すべてその能力に合わせて生産・生活にわたる家の仕事を分担せざるを得なかったからである。
私たちの子どもの頃は足踏み脱穀機が入り、牛馬による耕起や運搬がなされるようになってはいたが、まだまだ人力が中心であり、農業生産に多くの労働力が必要とされていた。たとえば稲作で言うと10㌃当たり百数十時間もの労働が必要とされた。だから労働力はいくらあっても足りなかった。
農繁期などはましてやそうだった。農業生産の季節性からして作業の日時を自由に動かすことができず、一定の時期に一定の作業を終わらさなければ収穫皆無となってしまう危険性があるからである。適期の期間中に作業を終わらすために、朝暗いうちから夜暗くなるまで家族総出で働かなければならなかった。
それに家事労働がある。現在のように洗濯機などの電化製品やガス、石油はなく、水道もない状況の下で、しかも大家族を抱えての家事労働はすさまじいものであった。
また、自給できる生産・生活資材は何でも生産しなければならなかった。金があればよそから買うこともできるだろうが、そんなゆとりはなかったからだ。
だから子どもも働かせなければならなかった。ましてや高等教育などを子どもに受けさせる暇も金もなかった。小学校が終ると待ってましたとばかりに働かされた。
農家の嫁には、農作業に加えて家事・育児の仕事があった。だから忙しかった。食べるのは家族のなかで一番最後、休むのも、お風呂に入るのも、寝るのも一番遅かった。朝起きるのだけはもっとも早かった。しかるに経営はもちろん家事、育児に関しても発言権など一切なし、村外に出るのは実家に帰る時程度、小遣いももらえなかった。
女はまさに「角のない牛」のように黙々と働いたのである。
男ももちろん働いた。「馬車馬」のように働いた。きつい力仕事は、危険な仕事は男の分担だった。家族を厳しい自然と世間からまもっていく男としての責任もあった。
こうした厳しい労働で顔や手足は真っ黒、手のひらや指はごつごつ固く、いくら洗っても手のひらの皺に沁み込んだ泥は落ちず、冬になるとあかぎれで血まみれにすらなった。女性は結婚式のとき以外化粧などできなかった。
男も女も40歳も過ぎると腰が曲がりはじめ、60歳になどなったら一人前に働けなくなった。それでも働いた。畑の草取りや縄ないなど自分のやれる仕事を死ぬまで続けた。それが病気などで倒れてできなくなったりなどしたら家族に申し訳なくて身の縮む思い、早くぽっくり逝くことを祈るだけだった。
こんなにして家族ぐるみで働いても暮らしは楽にならなかった。それでも、少しでも多くの農産物を得るために、少しでもいい暮らしができることを願って、汗まみれになって、泥まみれになって働きに働いた。
こうした農民の姿は、街に住む高所得層の人たちにどう映ったのだろうか。
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