【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第23回 日本人の食糧・農業問題の認識2018年10月11日
戦前こんなざれ歌が日本の軍隊のなかにあり、私たち子どもも聞き知っているほどに世の中に流布していた(私の聞き覚えであり、正確かどうかはわからないが)。
「輜重輸卒が 兵隊ならば
ちょうちょとんぼも 鳥のうち
焼いた魚が 泳ぎだし
電信柱に 花が咲く」
輜重輸卒(しちょうゆそつ)とは軍隊の必要とする食糧・水・被服・武器・弾薬等々のさまざまな物資を最前線の戦場などに輸送する兵卒のことを言う。こうした輜重輸卒は兵隊つまり軍人とは言えない、前線で闘う任務をもつ兵士こそ本当の軍人なのだと、この歌は言うのである。
こんな歌が平気でうたわれたことからわかるように、日本の軍隊は軍需物資の調達、補給、輸送、そのルート(兵站線)の確保を軽視した。太平洋戦争のときなどはその典型だった。それを考えずに兵站線を延ばすだけ延ばしたのである。
一方、太平洋戦争で戦った米軍は兵站線を徹底して重視した。だから、戦闘にさいしては日本軍の兵站線をいかに断ち切るかにも力を注いだ。そのために戦争末期に日本軍の武器弾薬は不足し、食糧も不足して飢えに苦しむことになり、さらには現地住民から略奪して食糧を確保しようとしたためにその恨みを買って敵にまわし、自滅することにもなった。何しろ日本軍の戦死者の6割が餓死だったというのである。
そこで若い頃はこんな風に考えていた、日本人は最前線で戦うこと、表面的に目立つこと、直接役立つことばかりを評価する、サムライだけを評価し、百姓町人は一段下に見る、何とだめな国民だろうと。
しかし、そうではなかった。日本人のなかにもきちんと考えた人もいた。
羽柴秀吉がその典型だ。彼はよく兵糧攻めをした。これはまさに兵站を断ち切るという戦術である。また、賤ヶ岳の合戦なども兵站を非常に重要視していることを示している。兵士が合戦地にすばやく移動しなけれならないとき、何人かの騎馬武者が賤ヶ岳に向かう道路に沿う集落に対し、「松明と炊き出しの握り飯、水などを用意し、それをこれからここを通る兵士に提供せよ、そうすれば後で褒美を与える」と触れて回った。それに応えて住民たちが点けた松明の火を頼りに、また住民の準備した水を飲み、お握りを食べながら、軽装で兵士たちは走ることができた。そのために、柴田軍の予想した以上の速さで目的地に到着し、勝利の基礎をつくったという。光秀と戦った山崎の合戦のときも食料と武器の輸送をまず重視したことが勝利の一因だったとも言われている。
ところが日本の軍部は、また支配者は兵站を軽視した。そして、戦中の国民の食糧等の生活資材がどうなるか、どうするかもまともに考えずに、甘い見通しのもとに日中戦争、太平洋戦争に突入した。まさに無謀な戦争だった。
その結果が敗戦であり、国民の飢餓、国土の荒廃、沖縄と千島の放棄だったのである。
こんな結果をもたらす戦争は二度としないようにしよう、これを止められなかった国民主権の確立していなかった社会、基本的人権の保障されなかった社会を変えようと、戦後わが国は新しい憲法を制定した。
同時に、農業・農村の振興に取り組んだ。戦争は食糧が、農業がいかに重要であるかを改めて全国民に教えてくれたからである。
財界もそうした政策にそれほどの異を唱えなかった。企業の兵士である労働者が食糧不足で飢えていたら仕事をすることはできず、また食料輸入で外貨が減り、企業の必要とする資材等を輸入することができなくなっては困るからである。
まさに農業振興、食料増産、食料自給は国民的課題として位置づけられた。
家内の友人のHさんは言う、緑なす田んぼを見ると今年もお米が食べられそうだと身も心もほっとすると。子ども時代を飢餓状態にあった戦中戦後の東京で過ごした経験があるからだろう。
今から十年くらい前の初夏、そのHさんが東北新幹線で仙台に帰ってくる途中のことである、斜め前の座席で窓から外を見ていた若い女の子たちが騒ぎ出した、「ゴルフ場が水浸しだ」と。それで窓の外を見てみた、何とそれは田んぼだった。
Hさんは言葉も出なかった、ただ涙が流れた。田んぼを稲を、食料の大事さを知らない、戦争の怖さを知らない今の若者たち、これで本当にいいのだろうかと。
政財界もマスコミも、食料自給、農業振興を言わなくなってきた。そして農産物の自給率は4割を切るに至っている。あの戦争の教訓はもう忘れ去られている。最近になって太平洋戦争は正しかったと主張する若い人が増えているという話すら聞くが、何とも困った世の中になったものである。
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