【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(106)成功事例収集のワナ2018年11月9日
国内でも海外でも、そして公的部門でも民間部門でも、至る所で成功事例を集める動きに出会う。率直に言って成功事例など、役に立つこともあれば役に立たないこともある。正確な統計を取ったことは無いが、恐らく役に立たないことの方が多いであろう。それでも毎年のように成功事例収集活動が行われている。問題は集めた事例をどう活用するかだ。
成功事例収集が集めた人や組織の「成功」に結びつかないことが多いのは理由がある。
第一に、人も組織も成功したことは良く話すが、失敗したことや、「成功」のために本当に必要なことは余り話したがらない。そのため、表面的かつ自慢話的な成功事例をいくら集めてもその本質、つまり具体的にどの段階で何が必要か、あるいは何をしてはいけないかを見抜かない限り、成功には至らない。仮に模倣により一時的に上手くいったとしても長続きはしない。
第二に、農業や食品関連ビジネスに限らず、対象は常に変化している。文字や映像など資料に落とした段階でその情報は既に過去のものとなり陳腐化している。従って、今後の「成功」を約束するものではない。将来は必ずしも過去の直線的な延長線上にあるとは限らないということだ。
これを誤解した追随者は、過去や周囲の成功事例を上手く模倣した方が良いという「悪魔の囁き」に乗る。最近流行りの言葉でいえば、数値を用いた定量的エビデンス(証拠)を示された時などは特に要注意である。その内容は過去から現在までをいかに正確に分析していたとしても、今後を明確に断定している訳ではない。
よく注意していれば、「可能性が高い」「傾向が強い」「同業者の多くが実施している」など、提案内容自体がグレイゾーンにあることを示唆する言葉に満ちている。人はここで自分に都合の良い解釈をしがちであるし、それがまたミスリードの原因になる。受付嬢の笑顔が素晴らしいのは、自分が気に入られているからではなく、素晴らしい笑顔で来客を迎えるのが「仕事」だからである。これを誤解すると悲劇になる。
さらに第三として、よく見られる成功事例には因果関係が明確でないことが多い。ある特定の課題に対して特定の人や組織が上手く対応した事例は、異なる地域・人・組織が同じ課題に対して同じ対応をした場合でも同様に上手くいくかどうかが明確に説明されていなければならない。つまり、同一行動が同一結果をもたらさない理由が明確であれば良いが、そうでない場合には、何が何を引き起こすかという因果関係の説明が必要である。これが無い事例は単なる個別事例に過ぎず、教訓も普遍化、つまり理論にはならない。
やや小難しい説明をしたが、こう考えて頂ければよい。Aさんが自分の農産物を上手く販売したとして、その理由は宣伝だとしよう。それを聞いたBさんも宣伝を始めたが、なかなか上手く売れない。宣伝をすれば上手く売れるはずなのに...。
宣伝の媒体、内容、時期、規模、手法など技術的なことばかりでなく、そもそもAさんとBさんの住む地域や顧客の特徴、あるいは両者の農産物の基本的な違い(品質、味、形状、育成方法、保管や輸送方法など)がある。全く同じ宣伝会社を使用して似たような宣伝をしても結果は異なることは明らかであろう。
* * *
単純な事例の場合には当然わかることでも少し複雑になると、人や組織は意外と悩み、自ら因果関係を解明しようという手間を避けるようだ。その結果、あれ(この例では「宣伝」)は効果がない...ということになる。
複数の事例から様々な雑音(ノイズ)や個別事例に特有の事象を抜き出し普遍化し体系化したものは理論と呼ばれる。「世の中は理論通りにはいかない」と良く言われるし、経営も例外ではない。だが、実際のところは「理論通りにはいかない」のではなく、多くの場合、その理論そのものどころか前提が不十分あるいは間違っていたということなのであろう。データがゴミ(無意味・不性格)であれば、いくら途中の分析機器や手法が正しくても結果はゴミしか出ない(Garbage in, garbage out.)ということだ。
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