【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第33回 小学校整備の地域格差2018年12月20日
戦後山奥の人里離れたところに入植させられた開拓農家はもちろん、何百年もの歴史のある既存の集落にすら電気が通っていない地域もあったとこれまで岩手県葛巻町毛頭沢(けとのさわ)集落を例にして述べてきたが、それどころではなかった、ここには小学校すらなかった。
北上山地の中央部に位置する葛巻町出身の中村勝則君(秋田県立大准教授)が最近見つけた『葛巻歴史散歩』という本によれば、この毛頭沢集落には戦後になってもまだまともな学校すらなかったという。
しかし、召集令状だけは来た。それで日露戦争に駆り出されたこの集落のTさん、何をやっても誰にも負けなかったが、たった一つ、戦友と違って手紙が一通も来ないことが寂しく、口惜しかった。本人をはじめ毛頭沢集落には字の読み書きができるものが一人もいないので手紙が届くわけはなかったのである。もちろん、来ても読めなかったのだが。地域に学校がなかったのである。恥ずかしく、また悲しかったTさん、「自分の子どもや孫にはこんな思いをさせたくない、残る命は学校をつくることにささげよう」と決心した。
除隊したTさん、すぐに学校新設を村長にかけあった。ところが、数人しか子どもがいないところに学校はつくれないと相手にされない。それでも学校増設運動をやめず、何とか「家庭教育所」(こういうものがあるとは知らなかった)の設置を認めさせ、敷地を提供し、年寄りの先生を一人やっと見つけて雇い入れ、最低限の教育だけは受けられるようにさせたが、そこは正式の学校ではなく、それが戦後まで続いたという(注)。
これはショックだった。明治、大正期には貧困のための未就学児童がかなりいたという話は聞いたことがあるが(NHKテレビの「おしん」がその一例だが、私の身の回りにも近所のお年寄りの中にそういう人がいた)、国・自治体が学校を設置しないために就学したくともできない地域があった、電気が通らないどころか小学校すらない地域があったなどというのは初めて聞いた。
明治以降の日本の就学率はほぼ100%と聞いていたのだが、まさかこの毛頭沢(けとのさわ)集落だけが特別などということはないだろう、他の地方にもこうした地域があったのではなかろうか。
同じく国民の義務と言いながら、徴兵の義務は厳しく罰則つきで地域格差なしにまもらせ、教育の義務は守られなくとも地域格差があっても国は放置したのである。その矛盾がTさんの悲しさ、寂しさ、恥ずかしさ、口惜しさをもたらしたのだった。
戦後の1947(昭22)年5月3日に施行された日本国憲法はその第26条で「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と謳った。
そうなれば、当然のことながら義務教育の場である学校のない地域などあってはならないことになる。
そうしたことからなのだろう、1952(昭27)年毛頭沢(けとのさわ)に冬部小学校の毛頭沢(けとのさわ)分校が整備され、正規の教員が配置されるようになった。学校ができたのである。Tさんの悲願がようやくかなった。
全国の他の農山村地域でも、新制中学校の新設ともあいまって、小学校や分校の整備が進んだ。新制高校も各地にできた。
同時に、憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と謳った。
そうなれば当然のことながら、電気の通じていない地域や家々があってならないことになる。電気は「健康で文化的な最低限度の生活」の必要不可欠の一部となっているものだからである。そして未点灯地域(これはほとんど農山漁村地域にあったのだが)からの人並みの暮らしをしたいという切実な要求があった。
こうしたことからだろう、1952(昭27)年、「電気が供給されていないか若しくは十分に供給されていない農山漁村又は発電水力が未開発のまま存する農山漁村につき電気の導入をして、当該農山漁村における農林漁業の生産力の増大と農山漁家の生活文化の向上を図ることを目的とする」ところの『農山漁村電気導入促進法』が制定された。
もうテレビの時代が大都会では始まりつつあったのにようやくだった。それでも電気の地域格差是正はなかなかうまく進まなかった。
(注)毛頭沢分校閉校記念誌「山の中の小さな学校」(藤岡一雄『葛巻歴史散歩』2003年、226~227頁所収)
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