【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(131)「見えないモノ」は本当に「見えない」のか2019年5月17日
「目の前の利益より長期的な利益」とはよく言われるが、これが中々難しい。そもそも我々は、どうしても目の前の事象に左右される。「見えるモノ」と「見えないモノ」、この2つをしっかりと意識して対応できるようになることが理想だが、常にそれが出来る人は、筆者も含め極めて少ない。
「父方と母方の祖父母の名前(旧姓を含む)を知っているか?」
近頃の大学生事情のような話で申し訳ないが、こうした質問を学生達にしたことがある。これを全て正確に答えられる学生は意外と少ない。
父方の祖父母の名前を知ってはいても祖母の旧姓になると微妙になる。母方はさらに難しい。母の旧姓が母方祖父の旧姓という推定は働いても、母方祖母の旧姓となると、かなりの学生が困惑する。
両親と祖父母に一切の兄弟姉妹や養子等が存在せず、子供は1人のみという一番簡単なモデルを考えた場合、自分から見て両親は2名、祖父母は4名、曾祖父母は8名になるが、この8名の結婚前の姓名を全て知っている人間は、学生に限らず一般の大人でも相当少ないであろう。
これを最も簡単なモデルで考えてみれば、2のn乗になる。親は2の1乗=2、祖父母は2の2乗=4人、曾祖父母は2の3乗=8人...という訳だ。「○○家10代目」は2の10乗=1024人というコンピュータのビット数のような感じで先祖の数がわかる。
現在の大学生の世代(20歳前後)にとって、筆者は概ね親の世代に近い。筆者の親の世代は大学生の祖父母に相当する。この世代は大正期から昭和初期の生まれが多い。そして大学生世代から見た曾祖父母の世代は明治期、それも明治中期以降の生まれが大半である。時間にしてわずか100年程度だが、既に歴史教科書の世界のようだ。
さて、例えば「○○家10代目」という場合、少なくとも1024人の先祖がいたにもかかわらず、どうしても我々は現在の自分自身に至る一本の線のような流れ、つまり「直系」中心に物事を見てしまいがちになることに気がつく。これは非常にわかりやすいが、「○○家初代~10代目」以外の全てを目の前から消去することにより初めて成立する考え方であるということを理解しておくことは無駄ではない。
「10代目」などというと現実感がないので、大学生世代から見た祖父母や曾祖父母の世代に話を戻すとこうなる。なお、家族制度や「家」という仕組みの価値云々は一切問わないこととする。
ある1人の大学生には、祖父母で4人、曾祖父母で8人の先祖がいる。しかるに、既に祖父母の4人の名前すら明確にわからなくなくても、多くの大学生は日常生活を普通に過ごしているし、曾祖父母に至っては直接存命中であることが少ないため、言われてみれば存在することはわかっても、本人の日常生活とはほぼ関わりが無いと言った方が良い。曾祖父母の上の高祖父母になれば4代前、つまり2の4乗=16人となり、例え言われても認識すら難しい。筆者の場合を調べてみたが、高祖父母は嘉永・安政などの時代に生まれ、明治を生き抜き、大正・昭和初期に亡くなっている。
さて、問題は、我々の多くが「直系」ばかりを見るクセを付けていることだ。いろいろな理由や事情があるにせよ、少なくとも我々にはとんでもない数の先祖がいる。それは先に述べたとおり、2n乗で考えてみればよくわかる。
「直系」だけで物事を見る考え方は、言い方を変えれば「2n乗-1(ここで1は直系)」の可能性を全て捨てていると言えなくもない。「〇〇家3代」の歴史には、直系3代の歴史以外に「2の3乗-1=7人」の歴史があったにもかかわらず、多くの場合、全体の1/8(12.5%)に過ぎない歴史を全てと思い、残りの9割近くから目を逸らせてきたのかもしれないと考えると、目の前の事象の見え方は大きく異なることがわかる。
* * *
現代社会では、お彼岸やお盆、命日等以外に墓参りをする機会はめっきり減少した。転勤族には物理的に先祖の墓へのお参りが難しいこともあろう。やむを得ないかもしれないが、少なくとも4人の祖父母、そして8人の曾祖父母の存在を認識することは、単に先祖への思いをはせるという感情的な理由だけではない重要な意味がある。
それは、今、目の前で自分たちが見ている事や目の前の社会現象以外にも、実は自分が「見ていない」、「意識していない」、あるいは「見ようとしていない」「意識しようとしていない」、もっと言えば「目を逸らし続けてきた事」が世の中には数多く存在してきたということを伝えている。
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