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コラム:地方の眼力

【小松泰信・(一社)長野県農協地域開発機構研究所長】

2019.05.29 
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 「ヒノキの芳香に出合うと幸せな気分になる」から始まる長野日報(5月22日付)のコラム八面観は、全国から大工や職人ら430人が伊那市に集まり、鉋の薄削り技術を競った「全国削ろう会信州伊那大会」を取り上げている。そして、「植えて育てて、採って活用し、また植える。健全な森林づくりには担い手、作り手、使い手のつながりも欠かせない。森の恵みや木の温もりを肌で感じよう」と訴え、市民参加の森林づくりや木工体験などを勧めている。

◆求められるストック重視

小松泰信(岡山大学大学院 環境生命科学研究科教授) 「私たちの社会には、いろいろなストック=蓄積がある。自然はこの社会を支えている大きなストックだ」で始まるのは、内山節氏(哲学者)による東京新聞(5月26日付)の「時代を読む」。自然に加えて、物づくりの技、町の商店、農地や農民の技、そして文化的ストックなどが挙げられている。
 ところが市場経済は蓄積に価値をおかず、「フロー=流動性に価値の源泉を求める経済」とする。よって、「自然に対してさえ、その自然がどれだけの商品的価値を上げるかが追求される」が、「現在多くの人々が求めている豊かな社会とか幸せな暮らしといったものは、蓄積に支えられたものが多いのである。コミュニティーや地域社会なども蓄積がつくりだしたものだ。......それらはすべて市場がつくりだすようなフローの価値ではない」とする。
 ゆえに、「価値の基準を市場に求めた」ことを、資本主義とともに生まれた経済学が犯した「大きな誤り」とする。
 そして、人口減少、市場縮小時代に入ると、「フロー経済だけでは社会は壊れていくばかりである。地域から商店がなくなり、地域の文化も維持できなくなっていく。これからは、蓄積されたものに価値を見いだし、その価値を多くの人々が共有していける社会をつくらなければいけないのだろう」として、「フローの経済学からストックの経済学への転換」を訴えている。

 

◆フロー重視の日米首脳会談

 毎日新聞(5月28日付)の論点において、今回の日米首脳会談についてパトリック・ハーラン氏(タレント)が平易で核心を突いたコメントを寄せている。
 一つは、大統領が「農業や牛肉は大きな進展がある」「大部分は7月まで待つことになる。大きな数字を期待している」と26日のツイッターに書き込んだことについて。
 「これが意味するところは何か。明らかに安倍晋三首相への配慮から夏の参院選(衆院選も?)を意識して、『それまでは首相に不利になるような交渉はしない』と約束したようなものだ」とのこと。
 もう一つが、27日の首脳会談後の共同記者会見で、聞かれもしないのに「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)には縛られない」と言明し、TPPを上回る米国産農産物の関税引き下げに抵抗する日本をけん制したことについて。
 「大統領の話しぶりから推測するに、選挙までは交渉を控えるが、『終わった後は分かっているな』との言外の意味が読み取れる。日本側には、令和初の国賓としてこれだけもてなしたのだから、『今後も無理な要求はしないよね』という期待があるだろう。でも、大統領が全く逆のことを考えている可能性はある。今後、日米双方でお互いに『分かっているだろうな合戦』が始まるかも。まさに『ディール(取引)』の世界で動く大統領らしい、はっきりしない発言だった」とする。
 日本農業新聞(5月28日付)も、これらのトランプ発言をベースにおき日米貿易協定交渉の行方を一面で取り上げた。その解説記事では、「早期合意を目指しつつ、日本側が影響を懸念する夏の参院選に配慮する米国側の姿勢が鮮明になった。だが、目先の政治日程を巻き込んだ貿易交渉は、日本国内に禍根を残しかねない。日本政府には米国側の期限ありきの姿勢に乗らない交渉戦略と、国会での説明責任が問われそうだ」とする。
 同紙同日の論説は、「来年に大統領選を控えたトランプ氏、この夏に参院選を控える安倍首相。それぞれの国内の政治状況をにらみながら、双方とも、懸案の日米貿易交渉を有利に進めたいとの思惑が浮かぶ。『選挙互助外交』と評されるゆえんである」とし、「日米同盟強化の『代償』に、日本の農畜産物が差し出されることがあってはならない」とする。さらに「各党は参院選の公約に日米貿易問題への対応を盛り込み、有権者に判断材料を提示すべきだ」とし、選挙戦の争点に位置付けることを求めている。
 これらからも、会談内容がストックを重視するものではないことは明らかである。

 
 
◆沖縄と広島の新聞は訴える

 沖縄タイムス(5月29日付)の社説は今回の会談内容を、「夏の参院選を前に『農業票』を逃したくない安倍政権と、貿易不均衡の是正に意欲を示すトランプ政権の思惑の一致」とする。そして、「参院選後まで待つとの判断は、首相との友好関係に配慮してのことだろう。『貸し』をつくることで譲歩を引き出したい狙いも透けて見える」とする。譲歩の対象は、日米両国が事前に「農産物関税はTPP水準を限度とする」とした合意事項であることは明らか。ゆえに、「これは......自由貿易の原則に関わる話である。合意を無視した理不尽な要求は許されない。政府は毅然と対応すべきだ」と、まっとうな要求を突きつける。
 そして、「日米同盟の絆が強調された首脳会談で、辺野古は語られず、そのコストを負担する沖縄への配慮も示されなかった。『宝の海』を埋め立てる工事強行を許しているのは、日米為政者の『辺野古忘却』」と、指弾する。
 同紙は27日の社説においても、名護市辺野古の新基地建設を、「日米関係のノドに突き刺さったトゲ」と喩え、「沖縄県はトゲが刺さった状態で復帰し、今なおそのトゲに苦しみ、これから先もノドに突き刺さったトゲから自由になれない不安を抱える」と訴え、「県民投票で『辺野古埋め立て反対』の圧倒的な民意が示されたあとだけに、日本側が率先してこの問題を取り上げ、新たな解決策を模索するのが筋だ」が、その気配は全くなく、この会談でも何一つ期待することができない、と嘆く。
 さらに、「平成から令和への改元、トランプ米大統領の来日と前例のない『おもてなし』―一連のイベントを通して目についたことがある。それは、安倍首相を時の人としてクローズアップさせる広報戦略や演出力の巧みさであり、同時に、改元であれ大相撲であれ政治利用をためらわない姿勢である」と、急所を突く指摘に溜飲を下げる。
 中国新聞(5月28日付)の社説も、「日本の国内農業はすでに大きな打撃を受けている。TPPを脱退したのは米国である。トランプ氏の選挙応援のために譲歩できまい」とするとともに、「日本政府は米国が2月にネバダ州で臨界前核実験を行っていたことが分かってもくぎを刺した形跡はない。難しい問題でも日本の考え、立場をきちんと話す関係を築くべきである」と、くぎを刺す。
 今回のイベントでは、アメリカの出方次第では解決の糸口が見つかる、日本国民にとって極めて切実な問題について、何も話し合われていない。フロー重視のお二人の、重責果たさぬ会談として、今回は「不労会談」と呼ぶことにする。
「地方の眼力」なめんなよ

 

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