【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第72回 かつての高利貸しと農民2019年10月10日
戦前、私の子どもの頃の話だが、生家のいろりのある部屋の天井は非常に高かった。この部屋だけ天井板がなかったのである。だから屋根の太い梁が直接むきだしで見える。いろりの火の煙はそこを通って天井の煙抜きから外に出されるのだが、絶えずその煙でいぶされている梁は煤で真っ黒になっていた。
そのなかの一番下の梁一本に5、6俵の米が縄で吊されていた。何かあったときの蓄え、つまり備蓄米である。稲刈りが終わり、豊作でもう備蓄しておく必要性がないということがわかると、その米を下ろして食べ始める。新米を食べるのはその米がなくなってからだ。だから正月過ぎまで古くてあまりおいしくない米を食べることになる。そして古米を食べ終わると、また新米が天井に吊される。この保存法は、ネズミと湿気の対策からきているようである。
しかし早々と新米を食べる家もある。備蓄している米がない農家、つまり備蓄するだけのゆとりのない農家がそうである。だから秋にご飯のうまい家、つまり新米を早く食べる家は貧乏だと言われていた。
たまたま私の生家は自作農であり、経営面積も相対的に大きかったので俵を吊す若干の余裕があったというだけのことだが、正月過ぎてから食べる新米は本当にうまく感じたものだった。
小作農家や経営面積の小さな農家などは、うまい新米どころか古米もまともに食べることができなかった。米は食料と言うよりまず小作料だったからである。何しろ収量の半分が小作料、しかも当時の収量は低いので、地主に小作料を納めると本当にわずかの米しか残らない。当然米以外のものをご飯に入れて食べることになる。「おしん」のテレビに出てきた大根飯などがそうで、米をつくっていながら自分は自分のつくったおいしい米をまともに食べることはできなかった。
備蓄する米も十分にないということは、当然お金もろくにないことでもある。だから、家族に病人が出たり、凶作に遭ったりすれば、返せる見通しの有無は別にしてお金を借りないわけにはいかなかった。
しかし、銀行などの近代的金融機関はそんな農家など相手にしてくれるわけはなかった。隣近所や親戚から借りようとしても貸せるようなゆとりのある農家は少なかった。村の金持ちと言えば、地主であり、造り酒屋であり、大商人だったが、そこに頭を下げて借りるしかなかった。
貸し手は当然のことながら土地を担保として要求した。そして高い利息をかけた。貸し倒れになる危険性のある家にはましてやだった。担保にする自作地のない小作農にはさらに高い利息を課した。
そのような高利の借金、返せる訳はなかった。結局は土地を売って払うしかなかった。売る土地がなければ、前にも述べたように娘を紡績女工や年雇いなどに出して前借り金をもらうか、身売りさせるしかなかった。あるいは次三男をやはり前借り金をもらって村外に働きに出し、インド以下的低賃金で働いてもらって借金を返すしかなかった。
宮城県北の北上川沿いにあるT村は水害常襲地帯だった。岩手、宮城に大雨が降ったとなれば必ず洪水、年によっては収穫皆無にすらなった。それを乗り切るためには、生きていくためにはお金を借りなければならない。
たまたま隣村にある造り酒屋のS家が金貸しもやっていたので、みんなそこからお金を借りてその場をしのいだ。しかし、結局は高利の金を返済できず、土地はそのS家のものになった。金は貸してもらえず、結局は土地をS家に売らざるを得なくなる農家もあった。
そしてS家は自分のものとなったその土地をそのまま小作地として耕作させる。その結果、ほぼ全村の土地がS家のものになり、農家のほとんどがS家の小作人になった。当然農家の暮らしは、小作料+水害で、貧しさのどん底だった。それでそのT村は「ほいど(=乞食)の村」とまで言われるようになった。
これでは困るので小作料を下げてもらいたいなどと言おうものなら、それならよその人に貸す、借りたい人はいくらでもいると土地を取り上げられるのがおち、何も言わず頭を下げているより他なかった。
一方S家は、このT村からだけでなく周辺各市町村の貧しい農家の農地を自分のものとし、宮城県でも有数の大地主に成長し、有名人となった(酒造りの方ではあまり有名にならなかったようだが)。
もちろん、農地を買い集めたのはこのような高利貸しばかりでなく、旧来からの地主、商人、貴族、資本家、企業、高給取り等々のいわゆる上流階級、特権階級だった、
こうした地主・高利貸資本・商人資本による収奪からくる貧困からの解放、まずこれが戦前の農民の願いだった。
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