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コラム:正義派の農政論

【森島賢】

2020.01.14 
【森島 賢・正義派の農政論】新成人になった諸君へ一覧へ

 昨日は成人の日で、125万人が新しく20歳になった。最も多かったのは、1970年の246万人だったから、この半世紀の間に半減したことになる。人口は国力を示す最も重要な数だから、今後、日本の国力は、さらに衰えるだろう。由々しき問題である。
 また、一昨日は台湾で総統選挙が行われ、民進党の蔡英文氏が当選した。蔡氏の得票率は57%で、2位の国民党の韓国瑜氏は39%だった。
 同時に行われた立法院選挙では、改選前と比べて、民進党は7議席を減らし、国民党は3議席を増やした。これらの選挙結果を、マスメディアは民進党の圧勝といっている。
 この評価は別にして、選挙運動をみていると、その中心に多勢の若者がいた。彼らは、何ものにも捕らわれない正義感に燃えているようにみえた。ここには明るい未来がある。
 台湾だけではない。香港や中東をはじめ、世界の各地域で激しい社会運動が行われていて、その中心には多くの若者がいる。

 これらと比べて、日本の若者はどうか。新成人たちは、どんな社会に船出しようとしているのか。そして、どんな社会正義を実現しようとしているのか。それ以前に、いったい、社会に関心があるのか。

 もしも仮に関心がないとすれば、日本に未来はない。だが、そうではあるまい。

 昨年は、若い高校生たちが、大学入試の改悪を阻止した。彼らは来年か再来年には新成人になる。そして、いまの日本の沈滞した社会を担っていく。ここには暁闇に続く日本の曙光があるだろうか。
 問題がないわけではない。改悪の阻止という成果をえたのに、その後の世論調査では、政府支持率は、それほど下がらなかったし、阻止運動を行った野党の支持率は、それほど上がらなかった。何故か。

 それは、政府がこの改悪を考えついた根源に何があったかを、野党が暴き出せなかったからである。高校生は可哀そうだ、という程度にしか、問題を考えなかったからである。つまり、社会的に深刻な不正義にまで、深く問題を掘り下げることができなかったからである。だから、横に広がることもなかったし、持続性もなかった。
 ここには、高校生の側にも問題があったのではないか。高校生たちは、私利私欲だけで改悪に反対したわけではない。彼らは社会的な不正義を鋭く見抜いて反対したのだろう。だが、それが不十分だったのではなかったか。野党にも届かなかった。

 半世紀前の学生は、そうではなかった。
 社会的な不正義に対しては、学生運動の全国組織である全学連の提案に応えて、クラスの全員が教室に集まり、1時間でも2時間でも議論したものだ。そして、学生たちの議論を理論的に助言する先生もいた。議論の結果、多くの学生がデモなどに参加したし、参加しない学生もいた。
 このように、当時の学生たちの社会運動は、強固な理論に支えられていたし、組織的でもあった。だから、学生運動の全国組織である全学連が提案すれば、ただちに全国の各地大学や高校で、3万人程度のデモが組織できた。そして若い農業者や労働者の共感も得ていた。

 今はどうか。
 SNSで提案してデモを行っているというから、せいぜい数十文字のやりとりしかない。これでは議論はできない。だから理論家の先生も助言できない。
 だから理論的に、また組織的に整然と政府に要求できないし、野党の政治家に要望することもできない。また野党の政治家も、問題の深さを考えようとしない。

 ここでは、大学入試の改悪問題だけを取り上げたが、明日の社会を担う新成人に期待することは、新鮮な正義感をもって社会問題への関心をもつことである。そして正義感を裏付ける理論を学ぶことである。さらに、正義を実現するために何をすればいいか、を考えることである。
(2020.01.14)


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(前々回 野党の責任


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