【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第83回 『米産値下げ 家計に恩恵』?2020年1月16日
また昨年の話だが、大晦日の朝のことである、朝食がすんでから一休み、こたつに入ってごろりと横になり、新聞を読み始めた。いつものように1、2面を見た後、裏の社会面を開いた。そこの上段の大きな見出しが私の目に飛び込んだ。
『米産値下げ 家計に恩恵』とある。
「米産」?、一体何だろう、あまり聞いたことのない言葉だが。まさか「産米」の誤字ではないだろうし、そもそも米=コメの生産と関係があるのだろうか。一瞬とまどった。
でもすぐに気がついた。その下に『日米貿易協定 あす発効』という小見出しがついていたからだ。
そうか、「米産」とは「米国産」のことだったのかと。
とたんにまた疑問がわいてきた。
「米産」という言葉があるとすれば、「中産」=中国産、「仏産」=フランス産というような言葉もあってしかるべきなのだがと。しかし、私の勉強不足のせいか、聞いたことがない。本文のなかに「米産」という言葉がなかったことからして、見出しの字数の関係から整理部の人がその言葉を使ったのかもしれず、もしかしてその人の造語なのかもしれない。そしてそれでいいのかもしれない。内容を読めばわかる話だからだ。でも、米と書けばまず日本人の主食であるコメ、産と書けば生産を思い起こしてしまう私などはついつい抵抗感をもってしまう。
まあそんなことはどうでもいい、問題は「牛豚肉やチーズ、小麦、ワインなど米国が対日輸出の主力とする物品を中心に値下がりが期待できそう」という解説文であり、消費者の「家計に恩恵」という見出しだ。これはアメリカ(と日本の財界)が言っていること、それをそのまま受け売りして言っているだけなのだろうが、日米貿易協定による食糧自給率のさらなる低下、それにともなう農林漁業・農山漁村の衰退、農林地の荒廃、過密過疎の進展、食の安全・安心問題等々がまったく触れられていない。そしてそれが国民の暮らしにいかなる問題を引き起こすのかもまったく書かれていない。最後のところに「農家は価格競争に直面」という記事があるだけ、その程度でしかなく、物足りないどころではない。
最近の日本の新聞の論調は大体こんなもの、とくに人口の集中する巨大都市に拠点をおく大新聞は農林漁業とか農山漁村とかは軽視(農山漁村は過疎化で読者が減っているからなおのことなのだろう)、それどころか完全に無視している。まさに大都市新聞だ。といっても、私は本当にたまにしか大新聞を読んでいない。にもかかわらずそんなことを言うのはどうかと言われるかもしれないが、そう言うのも私の愛読している地方紙もそういう傾向になりつつあるからだ。
実はさきほど紹介した記事は、仙台に拠点をおき、東北の新聞であることを自任している地方紙『河北新報』に掲載されたものだ。ところがその記事には東北農業にいかなる影響を与えるかは一切書かれていない。そしてきわめて単純な「消費者」目線でしか見ていない。
きっとこれは「共同通信」か「時事通信」からの配信記事なのだろう。日本の食糧基地を自任してきた東北、その東北に拠点をおく新聞としてかつて農業、農村問題を大きく取り上げてきた新聞が大都会の新聞と同じようなこの程度の日米貿易協定の扱いだ。時代は変わったものである。
これも近年の農山村部の衰退、読者数の減少の反映、やむを得ないのかもしれないのだが。
日米貿易協定は「アメリカ農業の勝利」だとアメリカの大統領は言う。ところが日本の首相は「ウインウイン」だったと言う。
ウインウインとは「取引をする両方に利益があること」であると英和辞典には書いてあるのだが、安倍首相の英和辞典にはそれに続いて「日本とアメリカの取引に限ってはアメリカにのみ利益があってもウインウインを使って日本国民をごまかしてもいい」と書いてあるらしい。
せめてそんな皮肉の一言くらいでも記事の中に書いて欲しかったのに。
そんな不満は直接河北新報社に言えばいいではないかと言われるかもしれない。しかし私は引退を宣言した身である。知り合いだった記者の方々も私と同じくみんな定年組だ。せめて今度また彼らと会ったときにでも飲みながらいっしょに不満をぶちまけることで欲求不満を解消するくらいしかない。きっと彼らも私に同感するだろう、そして今の世に悲憤慷慨しながらともに飲み明かすことになろう。
でも何か気持ちがおさまらないのでこのコラムにだけは書かせていただこう。しかし、これも「年寄りの冷や水」か。やはり年寄りらしく昔話でもしていることにするか。
ということで次回からはまた私の生まれた頃、昭和初頭の農業、農村、農家の話に戻らせていただきたい。
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