【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第89回 不可欠だったむしろ(1)2020年2月27日
縄を始めとして莚(むしろ)・叺(かます)・菰(こも)・俵・草履・草鞋(わらじ)・簔(みの)などのわら工品は少なくとも1960年以前までは日本人の生産・生活に不可欠であり、なじみの深いものだった。そしてそれらのわら工品はわが国で稲作が始まって以降の日本の文化の基礎をなしてきたものでもあった。
それから60年、日本人の生産・生活様式は大きく変わった。そしてわら工品は生産と生活のなかからほぼ姿を消してしまった。今の若者のなかには見たことも触ったこともないものもいるだろう。稲作をいとなむ農家の青年のなかにもいるのではなかろうか。そして稲わらは田んぼの土に帰されてはいるが、なかば邪魔者扱いされている。都市住民は稲わらにはまったく関心を持たなくなっている。しめ縄として残る程度で、まさに日本からわらの文化は消え去ってしまった。それがいいことなのどうかはまた後で論じるとして、改めてわら工品をはじめとして稲わらを考えて見てもいいのではなかろうか。
そんなことから前回は縄について話をさせてもらったのだが、もう少しわら工品について語らせていただきたく、今回は莚(むしろ)について述べされてもらう。
むしろ、ご存じとは思うが、これは細い縄を縦糸に、稻わらを横糸にして、畳一畳(3尺×6尺)程度の大きさに編んで作られた物で、敷物用、梱包用、被覆用として生産・生活両面で用いられたものだった。
まず生産面では生産物の天日乾燥の時の敷物として用いた。私の生家では麦、大小豆、などをむしろに広げて日光を当てて乾燥させていたが、稲わらも水分を吸い取ってくれるので、乾燥度合いはよかった。日光を浴びた稲わらの荒々しい匂いと穀粒のやさしい匂い、思わず胸いっぱい吸い込みたくなったものだった。
山村に行ったときキノコやぜんまい等の山菜をむしろで干しているのをよく見かけたが、漁村では海産物の乾燥にむしろも用いた。
またむしろは甘酒用・どぶろく用の麹づくりに必要な蒸し米を放冷するさいの敷物としても使われた。冬の寒い小屋の中に広げられたむしろに一面蒸し米がひろげられる、何日かすると米の色艶が変わり、甘い匂いがしてくる。甘い物の不足していた頃、ついつい口に含むがそう甘くはない。甘酒ができるのを待とうとあきらめる、子どもの頃はこの繰り返しだった。
農作業のさいの道具・用具の敷物としても用いた。直接土の上におくことで汚れたりしないように脱穀機や籾摺り機の下にむしろを敷き、さらに作業中に落ちた籾や米粒などを後で集めて無駄にならないようにするなどはその典型である。
野良や屋外で休むさいの敷物にも利用した。田植えと稲刈りの昼食のときが典型例だ。その期間だけは、田んぼで昼飯を食べる。家に帰ってご飯を食べる往復の時間も惜しいからだ。昼ご飯の時間になると道路にむしろを敷き、その上にごはんやおかずをひろげる。よその人が通り抜けられる程度空けて道路を占拠する。今のように車が通らないし、リヤカーや荷車も昼休みの時には動かないので何の問題もない。準備がととのったころにみんなが田んぼからあがってくる。家族、手伝い、雇いの人も含めると10人以上にもなる。みんなでわいわいおしゃべりしながらご飯を食べる。空いたおなかを満たし、明るい日差しのもとで、田植えのときは苗と水の匂い、稲刈りの時には刈った稲の匂いをかぎながら、のんびり休む。昼寝もする。これはすべてむしろの上だった、
山形の真夏は暑い。何しろ1933(昭8)年夏40.8℃の日本最高記録をだし、75年間それが破られなかったところだ(前にも述べたと思うのだが)。家屋の四方八方開け放しても、茅葺き屋根であっても、暑い夏の日はたまらない。すると祖父や父は庭の大きな柿の木の下の日陰にむしろを敷き、そこに枕を持って行って昼寝をする。日陰の土の冷たさがむしろの下から上ってきて、熟睡できるという。むしろは昼寝用の敷物ともなったのである。(次回に続く)
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