(181)マルコ・ポーロとペゴロッティ【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2020年5月22日
マルコ・ポーロはよく知られているが、この当時のビジネス、というよりも「商売」について興味深い著作を残したペゴロッティは、よほど商業・貿易史に関心ある人でないと知られていない。もちろん高校の教科書には登場しない。
マルコ・ポーロはヴェネチア商人である。生没年は1254-1324年とされているが、正確な生年は不明なようだ。『東方見聞録』の元となる旅に出たのは17歳、1271年である。ヴェニスから一路東へ現在の北京まで行き、帰りは海路でマラッカ海峡からインドを経てホルムズ経由で1295年にヴェネチアに戻っている。実に24年間にわたる。行きは中国まで4年、帰りは海路で5年、その間は中国各地でビジネスをしていたらしい(注1)。今風に言えば海外留学を兼ねた実践研修+実業である。
当時の商人に求められたのはまず、読み書き、そして算術能力であり、いくつもの異なる国を訪問するだけでなく、そこでのコミュニケーション能力が不可欠である以上、一か所に3~4年留まることがあってもおかしくはないという(注2)。
パソコンやeメールなど存在しないこの当時、富を求めた商人たちはこうして必要な能力を鍛えたのである。語学力や現地事情を把握するにはこれが最適であったのであろう。
『東方見聞録』はヴェネチアがジェノヴァと交戦中に捕らえられて投獄されたマルコが口述したものをルスティケロ・ダ・ピサが書いたものである。この男は『アーサー王と円卓の騎士』で有名な著述家である。したがって、書かれた時期は13世紀もほぼ終わる頃だ。ここではとりあえず書かれた時期を1300年頃とだけ留意しておきたい。
当時のイタリア商人の活動はまさにグローバル化していた。大学受験の頃からお世話になっている『世界史年表・地図』(吉川弘文館)を見ると、この時期の記述で興味深いものがある。いくつか列挙してみよう。
・1346~49 西アジア・エジプトに、黒死病流行
・1347~51 このころ全ヨーロッパにペスト(黒死病)流行し人口の大減少
・1353 ロシアに黒死病流行
ペストが西アジアからヨーロッパに行き、その後ロシアにまで感染拡大したことがわかる。さらに中国(元)の項に緑字(文化事項)で書かれた記述に目が行く。
・1346 フィレンツェの商人ペゴロッティの中国旅行
ペゴロッティはフィレンツェの商人であり、商業・貿易史の世界では『商業指南』として伝えられる実践書が知られているが、その最初の8章は中国との取引が記されている。
先週のコラム(No.180)でも書いたように、ヨーロッパと中国の絹は密接な関係ににあったようだ。ペゴロッティの生年は1290年頃、没年は1347年とされている。『東方見聞録』が出た頃は10歳、その後、一番多感な時期にこの本を読んだのかもしれない。
さて、黒海の北にあるアゾフ海、ドン川がそのアゾフ海に注ぐ河口にタナという当時の東西通商の中心地のひとつがありイタリア商人も数多くいたようだ。『商業指南』によると、「タナから中国までの道中は、実際に通った商人たちがいうには日中であろうが夜間であろうが、絶対に安全である」(注3)との記述がある。
陸路のシルクロードにはいくつかの行程があり、有名なものは北の「草原の道」、南の「オアシスの道」である。後者はさらに西域南道、天山南路、天山北路に分かれる。どうもペゴロッティの通った道はマルコ・ポーロとは異なるようで、中国までは7~8か月とこれも『商業指南』には記されている(注4)。
ここから先は想像である。マルコ・ポーロとその著作が余りにも有名になり、当時のヨーロッパ人は「遠い」中国に憧れた。だが、現実は意外に近く、ペゴロッティ達、目端の効く多くの商人達はかなり頻繁に行き来していたのではないか...ということだ。そして、人とモノの大規模な移動はこの時期のヨーロッパに一時の繁栄の後、感染症も一緒にもたらしたのであろう。ペゴロッティの直接の死因に関する記録は筆者には確認できなかった。
ただ、当時のヨーロッパは英仏百年戦争にともなうフィレンツェの銀行の融資と、英国の債務否認による複数銀行破産、暴動、飢饉、黒死病と大変な時期であったようだ。
なお、ペゴロッティが何故、このような著作を残したかについては、森(2010)による興味深い考察がある(注5)。あわせて紹介しておきたい。
注1:マルコ・ポーロは中国に行っておらず『東方見聞録』は伝聞の寄せ集めとの研究もあるが、本稿はその真偽は問わない。
注2:森新太「顕示行為としての『商売の手引き』編纂」、『パブリック・ヒストリー』2016年、89-90頁。
注3:田中英道・田中俊子「ペゴロッティ『商業指南』・役と註釈」『イタリア学会誌』、33(0)、1984年。157頁。
注4:同、150頁および155-156頁。
注5:森 新太「ヴェネチア商人たちの『商売の手引き』」『パブリック・ヒストリー』、2010年。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
重要な記事
最新の記事
-
全農 政府備蓄米 全量販売完了 29.6万t2025年9月8日
-
地域の未利用資源の活用に挑戦 JAぎふ【環境調和型農業普及研究会】2025年9月8日
-
【8月牛乳価格値上げ】平均10円、230円台に 消費低迷打開へ需要拡大カギ2025年9月8日
-
頑張らずに美味しい一品「そのまま使える便利なたまご」新発売 JA全農たまご2025年9月8日
-
全国の旬のぶどうを食べ比べ「国産ぶどうフェア」12日から開催 JA全農2025年9月8日
-
「秋田県JA農産物検査員米穀鑑定競技会」を開催 秋田県産米改良協会・JA全農あきた2025年9月8日
-
「あきたこまちリレーマラソン2025」のランナー募集 JAグループ秋田・JA全農あきたが特別協賛2025年9月8日
-
秋元真夏の「ゆるふわたいむ」北海道で「スイートコーン味来」を収穫 JAタウン2025年9月8日
-
山形県産白桃が1週間限定セール実施中「ジェイエイてんどうフーズ」で JAタウン2025年9月8日
-
ベトナムでコメ生産のバイオスティミュラント資材の実証実施 日越農業協力対話で覚書 AGRI SMILE2025年9月8日
-
温室効果ガス削減効果を高めたダイズ・根粒菌共生系を開発 農研機構など研究グループ2025年9月8日
-
大阪・関西万博など西日本でのPR活動を本格化 モニュメント設置やビジョン放映 国際園芸博覧会協会2025年9月8日
-
採血せずに牛の血液検査実現 画期的技術を開発 北里大、東京理科大2025年9月8日
-
果樹生産者向け農薬製品の新たな供給契約 日本農薬と締結 BASF2025年9月8日
-
食育プログラム「お米の学校」が20周年 受講者1万500名突破 サタケ2025年9月8日
-
野菜ネタNo.1芸人『野菜王』に桃太郎トマト83.1キロ贈呈 タキイ種苗2025年9月8日
-
誰でも簡単 業務用くだもの皮むき機「FAP-1001匠助」新モデル発売 アストラ2025年9月8日
-
わさび栽培のNEXTAGE シリーズAラウンドで2億円を資金調達2025年9月8日
-
4年ぶり復活 秋を告げる「山形県産 ラ・フランス」9日に発売 JR-Cross2025年9月8日
-
農業現場で環境制御ソリューションに取組「プランツラボラトリー」へ出資 アグリビジネス投資育成2025年9月8日