(186)原稿用紙の「仕掛け」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2020年6月26日
中学・高校の歴史で簡単に紹介されたか受験勉強の中で名前と著作だけを覚え、そのまま40年以上が過ぎた偉人の一人に塙保己一(はなわ ほきいち、1746-1821、現在の埼玉県本庄市の出身)がいる。『群書類従』という編纂者の名前は憶えているが、情けないことにこの年になるまで読んだこともないというか、恐らく原文を見ても読めないというのが正直なところである。
なぜ、このような事を思いついたかというと、仕事の関係上、世界史の大きな流れを100年単位くらいで振り返る必要があり、たまたま100年前、200年前に世の中で何があったかを確認する必要に迫られたからだ。
100年前の1920年は日本では大正9年である。年明けに国際連盟が成立し、ベルサイユ条約が発効した年だ。日本企業では東洋工業(後のマツダ)、日立製作所、鈴木自動車(後のスズキ)が設立され、大学では慶應義塾大学や早稲田大学を皮切りに、明治、法政、中央、日大、国学院など多くの大学が設立認可を受けている。まさに草創期である。
200年前の1820年は和暦では文政3年になる。資料を見ると、100年前に比べて記述内容の数が少ないが、それでも興味深い事柄がある。
米国では現在人種差別に反対する動きが盛んだが、200年前に「ミズーリ協定」というものが締結されている。現在に至る米国の複雑な歴史の節目のひとつである。ご関心のある方は検索してみると良い。当時の米国の様子がよくわかる。
同じ年、デンマークの物理学者ハンス・エルステッド(Oersted)は、電流が伝導体の周囲に磁場を作ることを観察し電磁気学の基礎を築いた。それを後にフランスの数学者アンペールが定式化し、彼の名前は電流の単位アンペアとして今も残る。エルステッドの名前はCGS単位系つまりセンチメートル(長さcentimetre)、グラム(重さgram)、秒(時間second)という現代人の生活に普通に馴染む単位の仕組みのうち、磁場(磁界)の単位Oeとして残る。彼はアンデルセンとも友人であったようだ。
彼らの仕事は後にマイケル・ファラデーによる電磁誘導の法則、そして、それを実践の世界に役立てたサミュエル・モールスによる電信機の発明へと続き、現代に至る。
欧米人ばかりと少々悲観していたところ、日本では同じ1820年に塙保己一による『群書類従』が出来ているではないか。
『群書類従』は、大昔から江戸時代初期まで、1000点以上の様々な史料を集めて編纂したものである。彼は幼い時に視力を失い、手の平に書いてもらった形で文字を覚え、耳で聴いて全てを暗記し、匂いや接触により植物の名前などもしっかりと理解したと言われている。何でも携帯で検索できる時代に生きている我が身としては身の置き所がない。
先に述べたとおり、筆者は『群書類従』そのものをいつか読みたいと思ううちに還暦になってしまった。このコラムで伝えておきたいエピソードの1つは、エルステッドやアンペール、ファラデー、モールスなど欧米の偉人達の名前が現代に至る単位の名称に残っているのに比べ、塙保己一は『群書類従』以外に余り知られていないからだ。
実は、彼の「仕掛け」の1つは、収集した史料を木版で出版する際、可能な限り20字×20字の400字の形式に統一させたことである。このあたりのことは、熊田淳美『三大編纂物 群書類従・古事類苑・国書総目録の出版文化史』(2009年)という非常に興味深い本に詳しい。
現在の大学では原稿用紙というものを余り使用しなくなりつつあるが、それでも何かをまとめる時に200字とか400字というのを良い区切りとして使う。我々は、文字数の様式を塙保己一が定めてくれたことにより、200年後の今でもその流れの中に生きていることがわかる。
実は優秀な「戦略」は目立たない。誰にとっても都合がよく、当たり前だからこそ長続きする...という重要な教訓がここにもある。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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