(187)木偏に点ありの者【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2020年7月3日
遠隔授業でディスプレイとカメラのレンズばかり見ているせいか、授業終了後、次の授業まで昼休みに少し間があるときは散歩をしている。今日は学内の農場へ下る坂道の脇にあるものを見つけた。高さは筆者よりも数十cm高いところ、緑が青々としている中にある小さな野イチゴのような赤い実である。
この高さにある木苺? と思い近づいてみたところ、どうも姫楮(ヒメコウゾ)のようだ。正直な話、この道を15年間何百回も上下したが、全く気が付かなかった。ちょうど実が赤く熟する時期のようだ。
それにしても無知というのは恐ろしい。恐らく目の前の楮は何十年も前からこの場所にあったのだろうが、それを意識して見ようとしない者の眼には単なる路傍の「緑の木々」にしか見えなかったということだ。
調べて頂ければわかるが、楮は和紙の原料である。そもそも和紙のことを楮紙と呼ぶこともあるが、厳密に言えば和紙の原料は姫楮と梶の木の雑種らしい。
筆者自身、幼少の頃から書道を習っていたにもかかわらず、近年は滅多に筆で字を書くことはない。言い訳をすれば、家の作りそのものが洋風になり、土産物店での簡単な紙細工を見る以外、和紙に接すること自体少なくなった。昨今では、その原料である楮などなおさらである。
ところで、いろいろとモノを言う人はいるが、古代中国は発明の宝庫である。中でも4大発明と呼ばれているものとして、「紙」「印刷」「火薬」「羅針盤」が知られている。現代ではキャッシュレス化と電子マネーが盛んだが、そもそも紙をお金として流通させるアイデア、つまり紙幣そのものも中国の発明のようだ。
確か、我々は昔、紙は中国の宦官である蔡倫(さいりん)という人が起源105年に発明したと習ったと思い、手元の教科書を調べてみたところ、1991年版の『詳説 世界史』(山川出版社)には、「後漢の蔡倫(?~121年ごろ)が発明したといわれるが、それは改良者で、それ以前にすでに存在した」(74頁)という欄外の記述がある。記憶というのは意外と当てにならない。
ネットで少し調べると、実際の発明は蔡倫より300年ほど古いようだ。そうなると前漢、「項羽と劉邦」の時代である。ヨーロッパでは第2次ポエニ戦争でスキピオがハンニバルを破った有名なザマの戦い(B.C.202)の頃である。この話をするとまた長くなる。何年か前のゼミ生にはポエニ戦争で1か月使ったことがあった。
楮の赤い実はそれだけで見ると本当に小さな野イチゴのようだ。食べられないことはないが味がよくない、というか「口当たりがわるい」という表現がいろいろなサイトに記されている。ゼミの学生がいれば、有志を募ってまず楮の実を食べ、その後で桑の実(マルベリーというようだが、筆者にはまだクワノミである)を味わい、屋外ゼミでこのコラムに書いたような雑談をするところである。
かつては学生にこうした形の雑学ゼミが出来たが、コロナのせいだけでなく、最近はどうもそのような雰囲気が廃れている。というよりか、日本中で標準化、悪く言えばコモディティ化が進んでいる気がすると思うのは考えすぎであろうか。教育も例外ではない。
定められた定番のテキストを一字一句伝えるだけであれば、それこそ録画した授業で十分であるし、上手に読むのであればプロの読み手に頼んだ方がよほどマシである。既に確立したものではなく、日々変化する目の前の自然や人々の活動、企業の動きから何が見えるか、で現実には大きな差が出る。
繰り返しになるが、全く同じものを何度見ていてもそこに何を見るか、そしてどう見るか、である。また、世の中には実際に現場で身体を動かしてみないとわからないことも多い。知識だけがあってもそれを使えなければ無知と同じである。
それにしても、紙の発明が前漢、その後、後漢を経て、三国志で有名な魏・呉・蜀が登場するのは蔡倫の時代から100年ほど後だ。そしていわゆる『魏志倭人伝』に卑弥呼が登場し、日本史に馴染みが出てくるのはさらに後だ。山野草を見ながら昼の妄想で2000年を旅したと思うようになるトシになった...。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
重要な記事
最新の記事
-
米の作況指数の公表廃止 実態にあった収量把握へ 小泉農相表明2025年6月16日
-
【農協時論】米騒動の始末 "瑞穂の国"守る情報発信不可欠 今尾和實・協同組合懇話会委員(前代表)2025年6月16日
-
全農 備蓄米 出荷済み16万5000t 進度率56%2025年6月16日
-
「農村破壊の政治、転換を」 新潟で「百姓一揆」デモ 雨ついて農家ら220人2025年6月16日
-
つながる!消費者と生産者 7月21日、浜松で「令和の百姓一揆」 トラクターで行進2025年6月16日
-
【人事異動】農水省(6月16日付)2025年6月16日
-
3-R循環野菜、広島県産野菜のマルシェでプレゼント 第3回ひろしまの旬を楽しむ野菜市~ベジミル測定~ JA全農ひろしま2025年6月16日
-
秋田県産青果物をPRする令和7年度「あきたフレッシュ大使」3人が決定 JA全農あきた2025年6月16日
-
JA全農ひろしまと広島大学の共同研究 田植え直後のメタンガス排出量調査を実施2025年6月16日
-
生協ひろしま×JA全農ひろしま 協働の米づくり活動、三原市高坂町で田植え2025年6月16日
-
JA職員のフードドライブ活動で(一社)フードバンクあきたに寄贈 JA全農あきた2025年6月16日
-
【地域を診る】「平成の大合併」の傷跡深く 過疎化進み自治体弱体化 京都橘大学学長 岡田知弘氏2025年6月16日
-
いちじく「博多とよみつひめ」特別価格で予約受付中 JAタウン2025年6月16日
-
日本生協連とコープ共済連がともに初の女性トップ、新井新会長と笹川新理事長を選任2025年6月16日
-
【役員人事】日本コープ共済生活協同組合連合会 新理事長に笹川博子氏(6月13日付)2025年6月16日
-
【役員人事】2027年国際園芸博覧会協会 新会長に筒井義信氏(6月18日付)2025年6月16日
-
農業分野で世界初のJCMクレジット発行へ前進 ヤンマー2025年6月16日
-
(一社)日本植物防疫協会 第14回総会開く2025年6月16日
-
農業にインパクト投資を アンドパブリックと実証実験で提携 AGRIST2025年6月16日
-
鳥取・道の駅ほうじょう「2025大大大スイカフェスティバル」22日まで開催中2025年6月16日