(197)食を求めて徒歩で日帰り往復64km【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2020年9月11日
日々、いろいろと新しいことや知らないことに直面します。例えば、「朿(とげ・し)」という漢字があります。これを横に2つ並べると「棘」となり、縦に2つ並べると「棗」となります(注1)。このくらいは漢字検定みたいで良いのですが、「綿棗児」と書いて何と読むか、これは難しいですね。率直なところ、2020年の日本語では滅多に目にしません。
「綿棗児」は「ツルボ」と読むようだ。宮崎県の日向地方の方言では「スミラ」と言うらしい。1903(明治36)年11月20日の『東京人類学会雑誌』第212号、72頁(注2)にこの説明がある。
最初、「スミラ」という言葉がわからなかった。水仙に似た野草らしい。先のアドレスの中にある説明を読むと、「飢饉の年にはそのスミラの根を掘り取り、水にてよく洗い、釜にいれて初日一昼夜間くらいゆで、2日目にはクロモ(高鍋地方ではオゴナ)という海中に生じる藻をいれておき、3日目には釜より取り出して食ふなり...」とある。
要は、昔の人は飢饉の時にこの「スミラ」の根まで茹でて食べたということらしい。少し調べてみたところ、「スミラ」を食べることに関する記述は各所に出ている。かなり「えぐみ」もあるようだ。以前にもこのコラムで紹介した中島要一郎『飢饉日本史』(1976)の68-69頁にはこのあたりの記述がわかりやすく記されているが、どうしても元の記述を読んでみたくなった。
『飢饉日本史』引用部分には『凶歳必携』28頁以下と記されていたためGoogle先生で「凶歳必携」と打ち込むだけで原本に当たることができる。本当に便利な時代になったものだ。
さて、国立国会図書館デジタルコレクションで『家々凶歳必携』を見ると、1886(明治19年)6月に発行された書籍をデジタル版で読むことができる( https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/987864 )。
だが、この本を読むのはひと苦労どころの話ではない。わずか130年ほど前の日本語にこうも苦労するのかと痛感するが、その中の先ほどの話の部分を簡単に見てみよう。
飢饉で食べるものがなくなった家族が、近隣の「スミラ」だけでなく食べられる草をほぼ掘り尽くしてしまい、片道8里(約32Km)を歩いて遠くの山まで「スミラ」を取りに行く話である。32kmの山道を歩いた後で「スミラ」の根を掘り起こし、また32kmの道を歩いて帰るという。さらに驚くのは、それで得た「スミラ」を先ほどのように茹でて食べるとしても、2日分程度にしかならないという、この部分の原文は以下のとおりである。
...此所ヨリ八里奥ニ入ラザレハスミラナシ浅キ山ハ既ニ皆ホリツクシテ食スベキ草ハ一本モサムラハズ八里余モ極難所ノ山ヲ分ケ入リスミ【レ】ヲホリテ此處ヘ帰レハ都合十六里ノ山道ナリ...(中略)...其ノスミラハイカホド取来ルトイヘハ家内二日ノ食ニタラストイフ...(太字筆者)
筆者が「スミラ」という植物を知らなかっただけでなく、注意深く原文を見て頂ければ「スミラ」が「スミレ」となっていたりする。「スミレ」は我々にも馴染み深い花であり、最初にここで混乱したようだ。先の資料をよく読むと「スミラ」の漢名は「綿棗児」と記されている。これは「ツルボ」と読む。
ここまで来ればようやくである。Wikipediaで「ツルボ」はすぐに見つかるが漢字表記は無い。別名をサンダイガサ(参内傘)とも言うようだ。そういえば、『東京人類学会雑誌』にも「サンダイガサ」という表記がある。これは花の形が、宮中に参内する時の公家の長い傘の形に似ているところから来た呼び名のようだ。『東京人類学会雑誌』の挿し絵(72頁)では残念ながら想像がつかなかったが、Wikipediaの「ツルボ」の写真を見てようやく納得した。それにしてもこの程度は空腹での往復徒歩64kmに比べればいかにも軽い。
筆者は宮崎県日向地方の山道を歩いたことはありませんが、平地でも往復64kmは大変...などと簡単に言えるレベルではないと思います。この話は天明飢饉(1782年)の時のようで、老婆を残し家族総出で早朝から「スミラ」を取りに行き、深夜に戻る話です。食べ物がいつでも近くにあることがどれだけ有難いことか、痛切に感じます。
注1:前者は「きょく・とげ・いばら・ほこ・おどろ」と読み、後者は「そう・なつめ」と読みます。
注2:高山青障「日向國兄湯郡木城村地方浬歯習俗」「東京人類学会雑誌」第212号、1903年、72頁。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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