コロナ禍で見直したい「トリ・ヒタ・カラナ」の教え【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】2020年10月1日
コロナ禍で、人間社会のありようが問われている中で、私は「トリ・ヒタ・カラナ」という言葉を思い出した。10年ほど前、私が東京の「3密」地獄とは別世界の豊かな空気を感じながら、東南アジアを旅していたとき、あるボートの案内役の人が、教えてくれた「トリ・ヒタ・カラナ」という言葉に惹かれた。これは、サンスクリット語で、トリ=3、ヒタ=幸せ、カラナ=理由、のことで、トリ・ヒタ・カラナ全体では、「幸せになる3つの要因」の意味になる。
その3つとは、
1、創造主と人間の連携と調和(パラヒャンガン)
2、人間と人間の連携と調和(パウォンガン)
3、人間と自然の連携と調和(パルマハン)
である※1「連携と調和」は「共生」と置き換えてもよいだろう。幸せな社会は、創造主・人・自然の調和・共生によってもたらされるというバリ・ヒンドゥーの哲学である。
インドネシア・バリ島には、美しい棚田の風景が広がっている。棚田の風景は関連寺院などとともに2012年に世界遺産に登録された。この棚田の風景は、スバック(Subak)と呼ばれるバリの灌漑組織によって管理され、守られてきた。スバックは、灌漑用水を管理して平等に分け合う水利システムで、9世紀からこの地で継承されてきた。創造主・人・自然の調和を重視するバリ・ヒンドゥーの哲学「トリ・ヒタ・カラナ」が、そのベースになっている。
スバックは、乾期の水不足に悩むバリにあって、水争いを避けて下流まで水を行き渡らせ、公平に水を分配する灌漑組織である。だが、スバックは、農業用水の供給という技術的な機能を果たすだけではなく、農民の自治組織でもある。
スバックでは、アウィグ・アウィグ(Awig Awig)と言われる慣習法が定められ、水分配のルールだけでなく、稲の品種や作付け時期、作付け回数、輪作体系、用水路や農道の補修と掃除などの共同作業、農耕儀礼の行事などが定められており、違反者にはペナルティが科せられる。こうしたルールは、水さえあれば1年通していつでも稲作ができる高温多湿のバリの気候のなかで、病虫害や鳥獣害を減らし、それらが特定の水田に集中することを避け、土壌を保持し、灌漑用水の枯渇を避けて清浄に保つ役割を果たしてきた。
スバックが、単なる灌漑組織ではなく、慣習法で定められたルールを共有する自治組織であることを考えると、スバックは、人間と人間の共生を図ることで人間と自然の共生を図る役割を果たしてきたと言って良い(永野由紀子「インドネシア・バリ島の水利組織(スバック)における人間と自然の共生システム―タバナン県ジャティルイ村の事例―」専修人間科学論集社会学篇Vol.2, No.2, pp.81-98, 2012年)
我々の社会では、次の「私」「公」「共」がせめぎ合っている。
「私」=個人・企業による自己の目先の金銭的利益(今だけ、金だけ、自分だけ)の追及。
「公」=政治・行政による規制・制御・再分配。
「共」=自発的な共同管理、相互扶助、共生のシステム。その典型が、協同組合。
「私」による「収奪」的経済活動の弊害、すなわち、利益の偏りの是正に加え、命、資源、環境、安全性、コミュニティなどを、共同体的な自主的ルールによって最も低コストで守り、持続させることができるのが「共」であることを、ノーベル賞を受賞したオストロム教授が証明した。
「トリ・ヒタ・カラナ」に基づくスバックは、まさに、オストロム教授が証明した共生システムの典型である。バリ・ヒンドゥーの哲学の正当性は、経済学的にも証明されているのである。このことは、「公」「共」をなくして「私」のみにすれば経済厚生(=経済的利益)は最大化されるという市場原理主義経済学が、いかに稚拙で、間違っているかも教えている。
しかし、近年、スバックも、目先の「効率性」に基づく近代的灌漑施設におされて変容しつつあるという。それは、真の効率性ではない。「今だけ、金だけ、自分だけ」の「私」の暴走は、命、資源、環境、安全性、コミュニティ、公平性などへの配慮を欠き、不健康な「3密」社会にもつながる。「私」の暴走を抑制し、社会に適切な富の分配と持続的な資源・環境の管理と健全な地域社会を取り戻すには、「トリ・ヒタ・カラナ」が教える人と人、人と自然との調和と共生を大切にする心を取り戻し、共生のシステムを機能させることこそが求められている。
共生システムの典型は協同組合である。これ以上、「公」を私物化した「私」の暴走を容認することはできないことが、コロナ禍で明白になった。豊かな地域社会を守り、持続させる「最後の砦」は「共」であり、協同組合であるという自覚を新たにしたい。
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