世田谷代田駅前に米穀小売店をオープンしたコメ生産者【熊野孝文・米マーケット情報】2020年10月27日
小田急線世田谷代田駅には東京大学駒場キャンパスで開催される食料農業に関するシンポジュウムを取材するために何度か下車したことがある。その駅前に新しく米穀小売店がオープンした。廃業したという話なら珍しくはないが、新規にオープンしたというは極めて珍しく、しかもコメの生産者が店を開いたというのだから行かないわけにはいかない。

この米穀店をオープンしたのは青森県黒石市で稲作を主体にする農業法人(株)アグリーンハートで、代表者の佐藤拓郎さんが上京して店舗にいるというので行ってみた。世田谷代田駅前は小田急線が混雑緩和のために複々線化を進め、一部区間は地下に施設しているため駅周辺の土地は来るたびに新しく開発された地区に店舗が出来ている。
駅改札口から正面にテラスを備えた店舗が見える。新米入荷の赤い旗のぼりが見えたので近づくとその場所は東京農大の世田谷キャンパスと表示された一角で、店舗には「DAITADESICA」という名前が記されていた。この一角は小田急電鉄が食をテーマにしたテナントを募集、東京農大とコラボ、黒石市に出店依頼があり、最初はリンゴ農家が出店していたが、コメで行けると踏んだ佐藤さんが引き継いだという経緯がある。
会っていきなり出店経費を聞いてみると店舗開設経費が青森と東京の衛生管理の違いから倍の経費が掛かったという。それだけの経費をかけて成り立つ米穀小売店のビジネスモデルは何なのか? まず、佐藤社長が見せてくれたのが「だいたんぼクルー(仲間)プロジェクト」と記された一枚のパンフレット。世田谷区代田の人だけの自然栽培の田んぼを青森県黒石市に作るというプロジェクトで、1口5000円支払うと会員特典として(1)自然栽培「だいたんぼ」で穫れた新米3升(約4.5kg)をクルー限定でいちはやく店舗で渡す、(2)秋に販売する「代田米(仮称)」のパッケージに名前を記載、(3)配達サービスも行う、(4)希望者は農業を知る・体験できるメニューに参加出来る、(5)万が一、都内で食料調達が難しくなった場合、優先的に食料を販売すると記載されている。
ユニークなのが配達サービスで、代田は1キロメートル四方に6万人が住むという人口密集地帯で、デシカ号と名付けた自転車で配達する。顧客世帯には富山の置き薬商法を真似、米櫃にセンサーを設置、コメが少なくなると自動的に配達できるようにするという。イチ押し商品が「玄米」で、同社の玄米は籾摺り後すぐに真空パックで包装し、そのまま商品として販売する。籾摺り直後の玄米は玄米層が硬くならず、炊飯後の食感が一般の玄米に比べると別ものかと思うほど美味しいという。店舗でも玄米を販売しており、分搗き出来る小型精米機も設置され、消費者の求める分搗きで精米して販売するようになっている。だいたんぼプロジェクトは始めたばかりだが、すでに60件の申し込みが来ているという。
(株)アグリーンハートは「GLOBAL.GAP(国際農場認証)」、「有機JAS(オーガニック認証)」、「ノウフクJAS(農福連携認証)」の3つの認証を取得している国内唯一の農場で、リンゴの奇跡で有名な木村秋則さんの協力も得て、完全無肥料・無農薬の自然栽培でコメ作りを行っている。佐藤さんが自然栽培を始めたきっかけは親戚が病気で障害者になったことや友人の子供が障害を持ってうまれたことで、こうした人たちの活躍の場を農業で与えられないか考え、まず有機野菜の栽培とそれを冷凍加工する施設を作り、次に黒石市から紹介された保全管理されている水田を借り受け、そこで自然栽培のコメ作りを始めた。最も手間のかかる除草は乗用式の除草機械を開発したメーカーがあり、その機械で行うようになった。自然栽培の面積は7.5ヘクタールで、50ヘクタールは低コスト生産に取り組んでいる。
低コスト栽培の要は直播で、4つの直播栽培を取り入れている。この中で最も高い評価をしているのがオプティム社と石川県が共同開発した打ち込み式ドローンでの播種で、まっしぐらで反9.1俵、つがるロマンで8.6俵の収量を上げた。しかも2年産は自動航行で播種したというのだから画期的。しかも今年は播種期に降雨がなく、他の直播では芽が出るまで30日から40日かかったが、打ち込み式では8日で発芽したことに驚いたという。
作る方、販売する方法の両面で新しい技術を取り入れてコメビジネスに取り組んでいる佐藤さんが帰り際に「土から農薬を抜くのは3年掛かりますが、人の頭から固定概念を抜くのは何年かけても難しいですね」と言ったのが心に残った。
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