安物買いが見失うもの【小松泰信・地方の眼力】2021年1月20日
半世紀以上も前、バナナは高級品であった。風邪で学校を休むと枕元にバナナがあった。その後、物価が上昇するなかで、価格がほとんど変わらないことから「物価の優等生」と呼ばれている。同じく優等生の誉れ高き卵が贈収賄事件の渦中にある。
吉川元農相在宅起訴
この事件で、東京地検特捜部は、1月15日、農相在任中に鶏卵業者から現金500万円を受け取ったとして吉川貴盛元農相を収賄の罪で、鶏卵生産大手「アキタフーズ」の秋田善祺(よしき)元代表を贈賄の罪で、ともに在宅起訴した。
各紙報道によれば、500万円の内訳は、国際機関が示す「アニマルウェルフェア(動物福祉、AWと略)」に基づく飼育環境の厳格化案への反対など、業界に便宜をはかることに関連しての400万円と、養鶏業者への日本政策金融公庫からの融資拡大に関連しての100万円である。
「物価の優等生」の素顔
細川幸一氏(日本女子大学教授)による「『卵』がいつでもこんなに安く買えるという異常 年間48億円の税金を投入している事業とは?」(「東洋経済ONLINE、2019年6月28日5時20分」)は、優等生の素顔を教えている。
「全農鶏卵卸売価格(M規格)でみると、戦後の1953年に1kgあたり224円だった。現在の価値に換算すれば1953年の卵の価格は1000円を軽く超える。卵は高級品だったのだ。(中略)直近の2018年の年平均は180円/kgと年々下落傾向にある」のが、低価格の実態。ちなみに、20年8月は145円であった。
安さは「生産者のコストを抑える努力の結果」としたうえで、「コスト削減が鶏の生き物としての尊厳を無視し、劣悪な環境を強いている場合があることも忘れてはならない」と警告する。
また、「安すぎる卵の赤字補てん」(鶏卵価格差補填事業)と「過剰な採卵鶏を減らした場合、生産者へ国からの補助金が交付」(成鶏更新・空舎延長事業)からなる「鶏卵生産者経営安定対策事業」に、2018年度には48億6200万円の予算付けがなされていることを紹介している。
鶏の悲鳴
細川氏は、「持続可能性という言葉が一般的になってきた。養鶏事業の持続可能性についても検証が必要だろう。異常ともいえる卵価格の下落は養鶏業者の生産活動を困難にする。そして、生産者の苦しみもさることながら、最大の負担を背負わされているのは鶏だ。日本の養鶏はバタリーケージといわれる狭い網の檻で行われることがほとんどだ」と、まず指摘する。
さらに、「糞が下に落ちるように床も網でできており、止まり木で休む習性のある鶏にとって本来ふさわしくない。また産んだ卵が転がるように傾斜もついている。(中略)卵を得るための採卵鶏はレイヤーと呼ばれ、他方の目的には適さない。したがって、(中略)オスのヒヨコは人間にとって不用物であり、生まれてすぐにすりつぶすなどして殺されている実態を知る消費者は少ない。卵が肉食より残酷であると言われるゆえんのひとつだ」と、採卵鶏の悲しい運命も教えている。
そして、「消費者が安いというだけでモノを購入していくと、その裏で何か負担を強いられているものがあるということを忘れてはならないだろう。もっと1個1個の卵をありがたみを感じながらいただく消費者であっても良いと思う」(原文ママ)と、消費者への理解促進を訴えて結んでいる。
業界の危機と便乗する政と官
東京新聞(1月18日付)の<政官業の蜜月・元農相汚職事件(下)>では、「自分だったら、こんな狭いところ耐えられないよ」と苦笑いで語る養鶏場の経営者が、ケージを使わない平飼いなどの飼育方法に関して「コストがかかりすぎる。とてもじゃないが、やっていけない」と訴えている。
年51億円ほどの鶏卵業界の補助金は、170億円の養豚業界、980億円の肉牛業界には遠く及ばないため、秋田元代表は周囲に「同じ畜産業なのに十分な政治的恩恵を受けられていない」とこぼし、補助金を倍増させる「100億円構想」を描いていたそうだ。
「秋田さんとは60年来の同志。業界のために働く立派な方だ。業界が恩恵を受けるには、政治家と付き合うのが一番の近道で、私も自腹を切って政治家のためにいろいろなことをしてきたもんだよ」と振り返り、「似たようなことは、ほかでもあるんじゃないの」と、語るのは日本養鶏協会の元幹部。
西日本新聞(1月16日付)にも関係者の興味深い発言が記されている。そのいくつかを紹介する。
「AWが広まれば日本の農家はみんなつぶれる」(鶏卵会社社長)
「とにかく規制が多い。要望を政権中枢に伝えられる人を選挙で勝たせないといけない」(養鶏会社経営者)
「関税を下げられる中で海外と競争しなければならない。法改正や補助金で内外の価格差を是正するため、農林族の政治家にお願いするのはやむを得ない」(生産大手関係者)
「養鶏業界と政官界がずぶずぶの関係だったことは省内で周知の事実だった。次世代に負の遺産を残さないよう、うみを出しきってほしい」(農水省中堅官僚)
安いものには訳がある
中国新聞(1月17日付)の社説によれば、不透明なカネの趣旨を問う同紙の取材に対して、「養鶏業に理解のある有能な政治家を育てたいと思った」と釈明し、「養鶏農家を守るためでもあるが、消費者を守るためでもある」とも述べているそうだ。
「どれほどの消費者が額面通りに受け取っただろうか」として、「国民の政治不信を募らせ、農林水産行政に対する信頼を傷つけた責任は重い」と指弾する。
しかし最後は、「『安い物には訳がある』という買い物の戒めがある。低価格が長年続く卵も、そうなのか。事件の全容解明は、消費者としても決して人ごとでない」と、消費者の姿勢にもソフトに言及している。
贈収賄に象徴される政官業の癒着の構造が明らかにされ、解消されることには多言を要さない。しかし、家畜に対して、飼養期間中だけでもストレスを与えない環境を提供することについては、前向きに検討されるべきである。
ストレスまみれの「優等生」と、のびのび生きた「劣等生」。どちらを選ぶか、消費者の姿勢も問われている。
「地方の眼力」なめんなよ
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