(235)「異常なし」の観察力【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年6月11日
警察ドラマなどでは刑事さんが必ず2人1組で行動しています。この理由は一般的には、何かあった時に他の1人が助けに入る、連絡する、目撃者を確保する…などと言われています。実は仕事においてベテランと若手がペアを組むことの意味は、それ以上のものがあります。
少し大きな工場に行くと建物に「安全第一」などのステッカーや大きな看板が掲げられている。また、ほぼ全ての工場では必ず定期的に内部の見回りが行われている。見回り時には、不審者が侵入した形跡があるかどうから、工場内におかしなものが落ちていないかなど、様々な観察の視点が要求される。
例えば、普段落ちていないところにネジが1本落ちていたときに、そのネジを見てどう考えるかは、人それぞれだ。たまたま道具箱から落ちたものか、それとも極めて重要な機械の一部のものか...。あるはずのないものがあるときに、どの程度の違和感を得るかは、基本的に普段、観察力をどの程度鍛えているかによるところが大きい。
1人暮らしをしている方が、帰宅した部屋にどうもおかしさを感じるときがあるかもしれない。違和感である。財布、印鑑、貯金通帳...、貴重品を確認したところ全て揃っているし、物品が盗まれた形跡は無い。それでも何かがおかしい...。その何かが特定できるかどうか、これはいわゆるオカルトのような話ではなく「似て異なる」ものを識別できるかどうか、観察力の問題である。
不在時に誰かが部屋に侵入し部屋の中のものを少し動かし、その後で元に戻しておいた...が、その置き方が微妙に本来の置き方あるいは自分の微妙なクセと異なっていたことから生じた違和感という類の話を読んだことがある。
農業の現場ではベテランの営農指導員の話がある。いつも訪問する農家の庭先がどうも違う。この農家は整理整頓がしっかり出来ているはずなのに、今日はビニールハウスの横に肥料の袋がそのままになっている。多くの農家では当たり前の風景だが、それまでこの農家はそうではなかった。普段通り、いろいろな話をして次へ向かったが、当の営農指導員はどうしてもビニールハウス横の肥料の袋が気にかかったようだ。
引き返してよくよく話を聞いてみると、実は...、ということで様々な家庭内の悩みや心配事を打ち明けられた。農家本人も気にはなっていたが、それまでが余りに綺麗に整理整頓されていたし、この程度なら...、また営農指導員も忙しいだろうと思い、ついそのままになっていたようだ。この話は、結局、「本当の悩み」を営農指導員が聞き出せたことにより、かなり初期段階で効果的な対応がとれ、トラブルを未然に防げた例である。
その逆もある。御用聞きのような形で定期的に訪問はしているものの、「特になし」「異常なし」という答えをそのまま信じて大きな顧客やビジネス・チャンスを逃すことがある。そもそも、「特になし」は本当に何も問題が無いから「特になし」なのか、それとも言いたくない事が(山のように)あるから「特になし」なのかで大きく異なる。
また、この人には言いたくないから「特になし」のレベルもあれば、聞かれた農家本人もそれが実は重要な問題につながる兆候であることを認識していないため悪気なく「特になし」と答えた可能性すら存在する。
そのような状態に直面した際、効果的な事は、2人1組の相方が異なる観点・視点から切り込む方法である。技術の話ばかりをして行き詰まった際、今日のお昼は? などという全く異なる角度からの質問が課題解決につながることは多い。もちろんこれが1人でできるようになるには一定の経験や何度か修羅場をくぐることが必要であろう。
社会人経験が浅い若手を鍛えるには、ベテランと組ませ、その対応の仕方、質問の出し方、相手のガードの崩し方や懐への飛び込み方、をしっかりと体得させることが効果的だ。若手1人に試行錯誤を継続させていても一定の成長は見込まれるが、途中で行き詰ることが多い。そこをどう打開するか、そして若手の斬新な発想をいかに活用するかはベテランの懐次第である。
* *
これはヒアリング調査なども同じです。「特になし」「異常なし」という報告を受けた時の方が実は大事なことを見落としていることが多々あります。「ご飯」は稲から作られるという事を知らなければ、目の前の稲穂が伸びた「草」に見えるようなものかもしれません。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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