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60年代の畜産、園芸、工芸作物等の発展【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第174回2021年12月2日

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60年代、「かっぱえびせん酪農」等々さまざま苦労をしながらも、山間地帯や寒冷地の酪農家を中心に飼料作物の生産に取り組みながら規模拡大を進めていった。
これは養豚も養鶏も同じだった。ともかく頭羽数の規模拡大で生き抜いていこうと努力した。しかし濃厚飼料作物の規模拡大は土地の限界からして難しい。そこで輸入飼料依存の施設型畜産で「ゴールなき拡大」を進めていくより他なかった。このように飼料を外部に依存すれば、つまり耕地なしで飼育可能であれば水田地帯の農家もやることができる。ということで、平たん稲作地帯に米のプラスアルファ部門として導入されるようになった。

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こうして家畜の飼育頭数が増えていく一方で、家畜飼育をやめる農家も増えてきた。もう役畜・糞畜はいらなくなっていたからである。かくして、家畜を飼育する農家は本当に一握りになってしまった。大半の農家の暮らしは家畜の飼育とほぼ完全に分離したのである。

他方で、増大する都市の需要に応えて野菜や果樹、工芸作物の生産拡大に取り組む農家や地域も生まれてきた。自動車の普及、鉄路・道路網の整備、市場の整備の進展、そして農業構造改善事業、農地開発整備事業はそれを支援した。

それらには、農協の営農指導、販売・購買、金融事業が大きな役割を果たした。1950年代の再建整備から立ち直った農協が、本来の役割を果たし始めたのである。

前に西のミカン、東のリンゴと言ったが、東北のリンゴを例にしてその成長ぶりを見てみよう。

先にも述べたようにリンゴはバナナの輸入による山川相場で大きな打撃を受けた(注)。

しかし農家は、青森を始め各県の試験研究機関を中心として改良した品種、たとえば消費者の嗜好(しこう)に合わせて改良した「ふじ」などの甘みの強い品種を積極的に導入し、それを乗り切るべく努力した。

また、「矮化(わいか)栽培」を導入して労働力の軽減と管理の強化を図ろうともした。つまりリンゴ属のなかのあまり背が高くならないまま成熟する性質をもつ種(矮性種)を台木にしてそれに収穫を目的とする品種のリンゴ(たとえば「ふじ」)を接ぎ木する。こうしてリンゴの木の背が大きく伸びないようにして収穫や管理をしやすくし、また太陽光線がより多く取り入れられるようにして果実の糖度を高める。こういう栽培法を導入したのである。

これにもいろいろな方法があるが、そのうちの一つ、2㍍くらいの背のリンゴの木が支柱に支えられてずらっと並木のように密植されて実をつけているのを初めて見たとき、これではトマトと同じではないかと何かリンゴがかわいそうに感じたものだった。このような矮化栽培はとくに新興産地に導入された。

もう一つ、リンゴの「無袋(むたい)栽培」の開発と導入が進んだことも特筆できよう。この話を聞いたときには驚いた。リンゴの実に紙袋を掛ける、この作業はリンゴが日本で栽培された明治以降ずっと続けられてきた当たり前の、不可欠の作業だと誰しも思っていたものだからである。

もちろん、一個一個袋をかけるのは手間がかかり、大変な作業である。しかし、病害虫やサビの障害から保護し、初期の遮光で着色をよくするなどのためにやらないわけにはいかないものだった。

この考え方を変えたのが、山形県村山地方の山村、朝日町の農家だった。袋が外れて育ったリンゴを見て、袋無しでもいけそうではないかと考えた農家が集まって研究会をつくり、無袋栽培の技術を確立し、糖度が高く食味も優れていると市場で高く評価された『無袋ふじ』を作りだしたのである。そして朝日町は高級銘柄産地としてその名を馳せるのだが、同時に省力化と品質の両面からこの無袋栽培は各地に普及した。

もちろん、有袋栽培にはそれなりのよさもあり、また有袋でないとだめな品種もあり、すべて無袋に変わった訳ではない。しかし、常識をくつがえして新たな技術を山村から発信するなど、一方では前回述べたような過疎化が進展しつつも、あのころの山村にはいまだ勢いがあったのである。

また、養蚕、工芸作物などの導入・拡大に取り組んだ。

わが国の輸出産業として大きな地位を占めていた養蚕は「ナイロンの靴下」などによる繭の需要の減退で衰退していたが、根強い需要と戦後復興、もう一方での条桑育、屋外飼育などの技術革新で回復し、桑園の新規造成と規模拡大も中山間地域などで進んだ。

また、ビール麦、ホップ、葉たばこの栽培も拡大した。

60年代、麦豆壊滅や出稼ぎ、過疎化のはじまりなどの諸問題は多々あったが、稲作技術の進歩とともにこうした新たな動きもあり、日本農業の未来はいまだ明るかった。こう言っていいのではなかろうか。

ところが1970年の声を聞きはじめたころ、「減反」なる聞き慣れない言葉が村々で飛び交うようになってきた。

ということで次は「減反」問題の話に移りたいのだが、その前にちょっとだけ60年代の農村女性問題について触れさせていただきたい。

(注)2021年08月10日掲載・本稿・第115回「選択的赤字拡大」参照

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酒井惇一(東北大学名誉教授)のコラム【昔の農村・今の世の中】

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