平安楽土を求めて 徐福【童門冬二・小説決断の時―歴史に学ぶ―】2022年2月26日

秦の始皇帝に命ぜられて
「徐福(じょふく)伝説」というのがある。日本国内でも、佐賀県金立町・愛知県熱田・静岡県富士山麓・和歌山県熊野・京都府丹後半島・鹿児島県等に、かかわりの史跡や伝承が残されている。
紀元前三世紀頃の人だという。秦の始皇帝に命ぜられて、「東海の島にある蓬莱山から不老不死の薬草を採取してこい」と命ぜられた。莫大な資金と数千人の従者を与えられて、古代中国の東海部から船出した。めざしたのは日本だという。
迎える日本側にも時代は遅れるが"常世(とこよ)の国"伝説がある。古代の国勢調査的記録報告書に「風土記(ふどき)」が各国から提出されているが、「常陸(ひたち。茨城県)風土記」に、そのはじめの方に、
「常世の国は常陸の国である」と書かれている。伊勢(いせ)は磯(いそ)のことで、常世の国からうち寄せる″幸福の波"を受けめる地域だという伝承がある。
愛知県の県名の由来は″あゆち"であって、「海から吹いてくるあえの風(幸福の風)を受けとめる地域だ」という伝承がある。ただしこの伝承は尾張(おわり)の国に伝えられるもので、愛知県のもうひとつの構成国ある三河国のものではない。
そういうお伽噺的風土は太古からあったのだ。
話のついでにこの伝承の実現を政治に生かしたのが織田信長だ。かれがめざした天下事業(日本を統一する)は、私は、
「あゆちの風を尾張がひとり占めにするのではなく、日本中に吹かせたい」という大望だったと思っている。
信長の政治目的はあゆち
その意図はかれが移動した拠点での地名変更によくあらわれている。天下人になるためにはやはり京都に行って、その宣言をしなければならない。信長はまず隣国の美濃(みの)に移動した。稲葉山の麓に政庁をおいたが地名を「岐阜(ぎふ)」と改めた。ブレーンの沢彦(たくげん)という名僧の助言だ。
由来は古代中国の名帝といわれた周の武王にちなんでいる。武王が父の文王と共に展開した政治は、民が鼓腹撃攘する善政だった。周の拠点は黄河上流の渭水(いすい)のほとりにある岐山(きざん)の麓だ。
沢彦は信長に、
「周の武王にあやかる善政をおこないなさい」とすすめた。が、
「武王の善政は孔子も孟子も評価していて、武田信玄や上杉謙信も知っている。信長め、思いあがるなと反感を持たれる懸念があります。本当なら岐山にしたいのですが、ちょっと遠慮しましょう」と云った。
「遠慮するというのは?」
「山を少し低くするのです」
「というのは?」信長には読めない。
「山より低いのは岡です。岡は阜とも書きます。これをお用い下さい」
「では岐阜とするわけだな」ようやく読めた。信長は地名を岐阜として自分の目的をはっきり示した。公文書に捺す印も改めた。「天下布武」だ。ふつうは「天下に武政を布(し)く」と解釈している。私はもう一歩信長の心意気を忖度(そんたく)して、
「天下に武王の政治をおこなう」
と受けとめている。信長はさらに京都へ接近するために近江国(滋賀県)に移った。新拠点の地名を「安土(あづち)」とした。
「どういう意味だろう?」と、いろいろな解釈がおこなわれた。ある時NHKの教育テレビでこの問題が論議された。ひとりの研究者が、
「平安楽土の略ではないのか?」と云った。出席者はすべて賛同した。私もそうだと思い嬉しかった。
日本での蓬莱思想
徳川家康の時代になって、九男義直(よしなお)を城主とする名古屋城が創建された。義直は漢学に長じている。城の別名を、
「蓬左(ほうさ)城」とした。
「蓬莱宮(ほうらいぐう)の左側にある城」
という意味だ。蓬莱宮とは熱田神宮のことだ。義直の尾張藩政への姿勢がよく表れている。伊勢神宮もそうだが熱田神宮も祭神の中に「農業の神」が祀(まつ)られている。
農業を盛んにすることは、為政者たちの希(ねが)いだった。しかし天候など人の力ではどうにもならないこともある。結局はカミやホトケに頼むことになる。
徐福一行はその点農業技術の先進者だった。行く先々でそれを披露した。日本国内では農業・漁業・医術・製陶などの指導者として恩人扱いされている。佐賀県の金立町にある遺跡はコンパクトな徐福公園で、蓬莱山・長寿の薬草園などすべて揃っている。しかし不死の薬草は遂にみつからなかったようで、かれの墓があるから日本で死んだのだ。
熱田神宮を蓬莱宮と見立てた徳川義直は儒学者だ。明(みん)からの亡命学者をブレーンとして登用している。甥の水戸光圀にも同じことをするようにすすめている。銘菓のういろうはその時の記念品で、水戸のラーメンも光圀が招いた朱舜水がもたらしたものと云われている。
日本のユートピアといわれる常世国思想の中に″あゆち"も入るのだろうが、その常世国について面白い発見をした。沖縄の那覇市で国際会議が開かれて、その会場跡がホテルになっている。貴賓室に大きな屏風がおかれている。文章が書いてある。その中に、
「常世国とは琉球のことである」という一文がある。ビックリした。しかし徐福たちが福建あたりから船出したのなら、一番近いのは台湾であり次いで沖縄だから、あながち虚説とはいえない。
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