【浅野純次・読書の楽しみ】第83回2023年2月21日
◎佐々涼子『ボーダー』(集英社インターナショナル、1980円)
『紙つなげ!』『エンド・オブ・ライフ』など優れたノンフィクションを世に問うてきた著者が、今度は日本での移民と難民の置かれた状況を、弁護士など支援する側とともに描き出しました。読み進むほどに慄然とさせられることばかりです。
欧米各国の難民認定は年間数万人、認定率は10%以上が普通ですが、日本は70人前後で認定率は1%にも達しません。つまり毎年6930人以上の人たちが難民申請しても認められず多くは強制送還されているのです。政治的迫害を受けてようやく日本へたどり着いた人たちに、再び故国で悲惨な運命が待ち受けていることは想像に難くありません。
帰国させられるまで多くの人が入管(出入国管理施設)に留め置かれるのですが、その実態が生々しく描かれます。超劣悪な環境と官吏たちの人権無視は驚くばかりで、入居者が「(逃げ出してきた)どんなにひどい国もここよりはまし」と言うほどです。
でも著者はそんな悲惨な報告の一方で、鎌倉の丘の上にある民間ボランティアによる難民収容施設での人々の温かい触れ合いも紹介します。政治と行政の貧困を告発する本書の訴えを傍観するばかりでいいのかと心から思いました。広く読まれてほしい力作です。
◎門井慶喜 『江戸一新』(中央公論新社、1980円)
明暦の大火、ご存じでしょうか。折からの強風にあおられて江戸の街の過半を焼き尽くし江戸城天守閣も焼け落ちました。鎮火とともに幕府は新たな街づくりに取り組みます。
道路の拡幅、住民避難のため墨田川への大橋の架橋、さらには城内外の大名屋敷の再配置など、やることはたくさんありました。
その中心で頑張ったのが本書の主人公である老中・松平伊豆守信綱です。知恵伊豆(出ず)と呼ばれた知恵者が老中仲間と戦わした議論をユーモラスに描く一方で、川越に隠遁する信綱の姉・おあん、侠客・長兵衛、旗本奴・水野十郎左衛門などを巧みに絡ませてノンフィクション小説風に仕上げています。
何よりも、人間味あふれる人物像で描かれる信綱の、民の声に耳を傾け、お国のため粉骨砕身、努力する姿です。そこからは単なる小説にとどまらぬ興味を抱かされました。
『家康、江戸を建てる』など江戸時代を描いて定評のある著者だけに、今回も虚実ない交ぜにしつつ十分に堪能させてくれます。
◎帯津良一・鳴海周平『1分間養生訓』(ワニブックスpLUS新書、990円)
著者の一人、帯津先生は昔からご縁があるので著書などいつも楽しみにしていますが、今回は江戸時代の学者でまさにスーパーマンだった貝原益軒の『養生訓』を題材に現代風の健康法がやさしく解説されていて大いに参考になりました。
食、運動、内欲、環境、呼吸と気、医者と薬などのテーマどれもが貴重な内容ですが、今回、特に面白かったのは「老い」についてです。人生後半こそ面白い、生きる楽しみを満喫できる、という益軒の考えに帯津さんもまったく同意見で、自らの生き方をユーモラスに紹介しています。
84歳と当時としては異例の長生きをした益軒は、死ぬまで酒を愛し、22歳も年下の愛妻もまた慈しみ続け、晩年に200冊もの著作を著しています。
帯津さんも益軒を彷彿とさせる生き方を本書で披露しています。私もあやかりたいと思いながら読みました。中高年以上の方にはとりわけお薦めしたい、楽しく役にたつ本です。
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