桑園の他用途利用の模索【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第243回2023年6月15日
もったいない、何とか桑園を桑園として残すことができないだろうか、養蚕でなくともよいからともかく桑を活用することができないだろうか。20世紀末、危機に瀕した養蚕地帯でこんなことが話題となった。
そして、有機栽培の模範といえる桑の葉の食用化で収入を得て桑を残そう、こんな取り組みもなされた。
たとえばある地域では桑の葉でせんべいをつくろうと考えた。
それを聞いたとき思い出したことがあった。敗戦の気配のただよう1943(昭18)年、食糧不足を補うためにと桑の葉でつくったせんべいがつくられたことである。
私の生家の近くの麩屋さんも小麦不足で遊んでいる機械と人手を使ってせんべいをつくって売り出した。南部せんべいと同じ形に焼いてあったが、焼いたせいか焦げたように濃い茶色、しかもまずくて食えたものではなかった。砂糖など調味料を入れるなどしたらあるいは何とか食えたかもしれないが、敗戦の色が濃くなってきた頃で砂糖などあるわけはない。そもそも蚕の食べるものを人間が食べる、何となくいやだということもあったのだろう。ほとんど売れなかったようである。だからわずかの期間で姿を消してしまった。
もちろん今ならきちんとした味付けで製造するだろうからおいしいかもしれない。また最近では桑の葉が血圧や滋養強壮によいということで健康食品として販売されているとのことである。
しかしいずれにせよこれだけでは膨大な桑園すべてを残すことなどできない。
もう一方で、養蚕だけは残したい、外国に太刀打ちできるように省力化、コスト低下を図ろうとして、桑に代わる人工飼料の開発導入の努力もなされた。しかし、これではせっかくの桑園が使われずに放置されてしまう。
などと議論している暇も何もなかった、70年代まで世界の7割も占めていたわが国の生糸の生産量は。90年代に急減し、2000年にはほぼゼロになってしまった。かつて女子労働者の多くを占めていた紡績女工もいなくなった。
当然である、日本で生産する繭がなくなったのだから。90年代には養蚕が壊滅したのである。あっという間だった。気がついたらなくなっていた。
「米と繭」、日本農業の二本柱の一つの繭は完全に壊滅し、米も減反政策以来衰退の傾向をたどっている。やがて米も繭のように輸入に置き換えられてなくなり、何十年か後の小学校の教科書で、「その昔日本で稲というものがつくられていました」などと子どもたちに教えることになるのだろうか。
日本農業は一体どうなるのだろうか。こんな不安を抱かせたものだった。
赤とんぼ=アキアカネも絶滅の危機にあると言う。そう言われてみればわが家の庭でも見なくなっている。夏から秋にかけて田畑・林野、街・村を彩った赤トンボがいなくなる、やがては教科書から「赤とんぼ」の歌もなくなるのだろうか。
私にはよくわからない。ともかくあっという間だった、桑畑が、養蚕が壊滅したのは。気が付いたらなくなっていた。2000年にもわたる養蚕の歴史が消滅した。
たまたまその前後は私が東北大を定年退職、東京農大オホーツクキャンバスにいた。北海道ではかなり以前に養蚕をやめていたので、その時期の消滅を直接見ることはなかった。帰ってきてそれを見て唖然としたものだった。
21世紀に入ったばかりの頃(東京農大のオホーツクキャンパスにいた頃)、学生に言ったことがある、「繭」という字を書いてみろと。
マユは知ってはいた(彼らの子どもの頃はまだ養蚕が盛んだったからだろう)。しかし書けたものは少なかった。「養蚕」の読み方も知らないものもいた。蚕はもちろん桑を見たこともないというのがほとんどだった。
日本地図にたくさんあった桑畑の地図記号もなくなった。そして廃止になった。やむを得ないだろう、日本に桑畑はなくなったのだから。
桑と蚕は死語になりつつあった。また繰り返すが「山の畑で 桑の実を 小かごに摘んだは まぼろしか」の『赤とんぼ』の歌の桑の実摘みなどは、まさに「まぼろし」になってしまった。子どもの頃見ていた山の畑、桑畑も「まぼろし」でしか見ることはできなくなってきた。
桑の実を食べるどころか、桑がどんなものかもわからない人口がわが国のほとんどを占めることになってしまうのだろう。経済大国と言われる日本が、千年以上続いてきた、そして日本資本主義を支えてきた伝統的な養蚕、産業としても技術面でも世界に誇る多くの蓄積があり、日本文化の主要な一つであった養蚕、そして製糸、紡績がなくなっていいのだろうか。
絹の需要がまったくなくなったのであればこれもやむを得ないかもしれない。
しかし日本は世界一の絹の消費国なのだ。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日